002 『猫被りにゃ少女』

苫小牧とまこまい真彩まあにゃにゃら、私も知っているにゃ」


 僕の質問に、如宮きさみやはそう答えた。


「最近、有名ににゃってきたフィギュア選手だにゃ」

「最近ってことは……ここ数年で伸びたってことか?」

「その通りだにゃ、十五か十六の頃に急に台頭してきて、そのまま全タイトルをそうにゃめにゃ」


 これは結構レアなケースにゃ、と如宮きさみやは付け加えた。


「でも、急に頭角とうかくを表すのは別に珍しいことじゃないと思うけどな……」

「基本的にはそれには同意するが、フィギュアの場合は別だにゃ。ほら、テレビとかでも十歳かそこらの子供がちにゃほにゃされてるにゃ」


 ちにゃほにゃされてる。

 言い方に悪意は感じるが、確かにその通りだ。

 フィギュアスケートの選手生命は短いと聞いたことがある。具体的に何歳まで––––というのは把握してないけれど、二十代後半の選手はあまり聞いた事がない。身体の柔らかい若いうちの方が、技を習得しやすいとも言われてるとかなんとか。なので、早く始めるのが大切で、優秀な人は小さなうちから結果を出すのだろう。そしてそれがニュースに取り上げられ、子供のうちから有名になるってことか。


「だが、苫小牧とまこまい真彩まあやは違うと……」


 如宮きさみやは、「そうだにゃ」とを始めた。

 如宮きさみや美咲みさき

 僕と同じ高校三年生。

 上から読んでも下から読んでも、『きさみやみさき』となる回文女子。

 だが今の彼女の姿は、とても女子なんて言えるようなものではなく––––猫である。青い目に、クルンとカールした耳が特徴的な、白い毛並みの猫。


 現状を適切に表現するならば、


 猫好きな僕としては、いつか猫と話してみたい––––なんて空想を抱いたこともあるけど、まさかそれが実現するとは夢にも思わなかった。

 まあ、実際は猫が喋っているのではなく、猫になった人間と話しているので、本物の猫と話しているわけではない。

 文字通り、猫を被っているとでも言っておこうか。


 これは彼女の『超能力』によるものである。


 如宮きさみやは自身の姿を自在に変えられる––––のではなく、周りからの認識を変えられる。自身の姿が猫に見えるように、他者の認識を変えられる。

 つまり実際は猫になっていないのだが、僕から見たら彼女は猫に見えるってわけだ。分かりやすく言うなら、透明になることも出来る。

 変身しているのではなく、周りから自分がどう見えるかを操れる。

 他者の認識を変化させている。


 だがそんな超能力をほいほいと使えるはずもなく、能力を発動するためにはある"代償"を払う必要がある。


 それは、能力を使っている間は『標準語を話せなくなる』というものだ。

 先程からのにゃん語はそれである。

 別ににゃん語である必要はないが(少し前はギャル語だった)、如宮きさみやの趣味らしい。いや、悪趣味と言っておくべきか。


 そんな悪趣味な如宮きさみやだけれど、彼女は僕がこの中高一貫の栢山かやま学園に編入するキッカケを作った人物であり、僕の恩人でもある。もう本当に世話になりまくりだ。猫の手を借りまくりだ。

 この栢山かやま学園は、全寮制であり、都心から離れた場所にひっそりと立つ緑豊かな学校だ。


––––表向きは。

栢山学園は普通の学校ではない。


 栢山かやま学園は国が極秘裏に建設し、運営している––––超能力者を集めている学校だ。

 その目的は、超能力者の保護。

 教育でもなく、利用でもなく、保護だ。

 なぜ保護を目的としているかと言うと、先程も言ったが、使からだ。


 如宮きさみやのように軽いものもあるが、中には『血』だったり、『寿命』だったりと死に直結しかねないものも存在する。

 しかも超能力の強さと、"代償"の大きさは比例しない。中には『ペン回しが早くなる』という能力の"代償"が、『指』だった事例さえ存在する。

 ほとんどの超能力者は超能力が使えると言っても、最初から超能力を自由自在に使えるわけではない。むしろ、勝手に発動することがほとんどだ。

 なので、知らないうちに能力が発動してしまい、命を落とす––––なんて事はこれまでもかなりの件数があったらしい。

 だからこその保護である。

 栢山かやま学園では、そういう超能力の発見、保護を目的としており、超能力を制御するための術を教えている。

 そして僕も超能力として保護、いや捕獲……逮捕かな、うん、逮捕された。

 捕まってしまった。

 僕は最初から自在に能力が制御出来、尚且つ"代償"も命を落とすようなものではなかった。

 ので。

 能力を悪用し、使っていた。

 悪用と言っても犯罪的なことではなかったので、言い訳は出来るけど––––とても反省してはいる。

 僕はそこを如宮きさみやに見つかり(というか捕まり)、その結果この栢山かやま学園に編入する事になった。

 去年のクリスマス辺りから、一月の中旬にかけての話だ。


 そして現在、五月二十日の放課後。

 他の超能力者を保護する側になった僕は、如宮きさみやの自室で、打ち合わせ中ってわけだ。

 これは如宮きさみやに恩義を感じているのもあるし、超能力で悪事を働いた罪滅ぼしの意味もある。


「ところで、上終かみおわくん」

「僕の名前は、上終かみはてだ。上終和音かみはてわおん。一体いつになったら、覚えるんだ?」

「すまにゃい、からかっただけだにゃん」


 と如宮きさみやはクスリと笑う。

 猫がどうして笑ったと判断したかと言うと、これは別に僕が猫好きだから分かったというわけではない。

 いつのまにか如宮きさみやの姿が変わっていたからだ。

 人型になっていた。

 苫小牧真彩とまこまいまあやになっていた。

 うちの高校の制服を着用した、苫小牧とまこまい真彩まあや1/1フィギュアがそこに居た。

 笑わないと有名の銀盤の女王が目の前で微笑んでいる。

 ……なんだ、笑えば結構可愛いじゃないか。


「ちにゃみに、こういうことも出来るにゃ」


 そう言って苫小牧とまこまい真彩の姿をした如宮きさみやは、猫耳をぴょこんと生やしてみせた。

 おお、こいつはすごい!

 普段クールな表情を崩さない人物が笑顔を浮かべ、さらに猫耳まで生やしている。


「かっ、可愛い……」

「にゃに、マジの可愛いを言ってるんだにゃ」


 スッと猫耳が引っ込んでしまった。ちぇっ……。

とまあ、こんな感じに如宮きさみやは、コロコロと姿を変えることが出来る。


「さて、上終かみはてくん。この苫小牧とまこまい真彩まあにゃ……どう思うにゃ?」


 如宮きさみやはスマホを取り出し、先日のハイライト映像を再生した(苫小牧とまこまい真彩が四回転アクセルを決めた動画だ)。

 僕はスマホの方ではなく、苫小牧とまこまい真彩になっている如宮きさみやを見ながら言う。


「正直、タイプだ」

「そういうことを聞いてるんじゃにゃい」


 僕は「冗談だ」と笑ってから、今度はちゃんとハイライト映像を見る。

 苫小牧とまこまい真彩がジャンプし、四回転アクセルを決めているシーンを何回か見返す。

 うん、やはり間違いない。


「僕は、と思う」

「そうか。私も同意見だにゃ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る