代償能力

赤眼鏡の小説家先生

君は冷たい顔をした氷の女王

001 『銀盤の女王』

 苫小牧とまこまい真彩まあやという名前を始めて知ったのは、新聞の記事だった。どこの新聞かは忘れたが、一面のかなり大きな写真付きの記事に、こう書かれていた。


『将来のオリンピック金メダル候補と目される苫小牧とまこまい真彩、世界初の"四回転アクセル"を決め、歴代最高得点で、全日本フィギュアスケート選手権優勝! オリンピックに十六歳で出場決定!』


 翼が生えているようだとか、無重力のジャンプとか、そんな感じにその記事の筆者は表現していたけれど––––後日たまたま付けたニュース番組にそのハイライトが放映されており、それを見た感想としては、なるほど確かにそう見えると思ったものだ。

 世界初の四回転アクセルの成功者と言うだけはあり、当たり前だがジャンプがすごい。宙に浮かぶようにふわりと飛び、回転する。

 回転も一切ブレておらず、素人目にも綺麗に見えた。

 それにフィギュアスケートの選手だからだろうか、手足がとても長くスタイルがいい。

 顔立ちも整っており、世間では『銀盤の女王』ともてはやされているのも納得だ。


 だが、銀盤の女王というあだ名は皮肉でもある。苫小牧とまこまい真彩は、メディアのインタビューが嫌いなのだ。マイクを向けられても無言を貫き通すし、ファンに笑顔で手を振ることもないし、彼女のサイン色紙なんてものはこの世に存在しない。

 銀盤の女王というあだ名は、プライドが高く冷たい女という意味でもあるわけだ。


 アスリートが言わばアイドル的な扱いをされる現代において、それはある意味本来のアスリートとしては正しくもあるのと評価する人もいるけれど––––多くの人はそんなことは思っておらず、苫小牧とまこまい真彩は冷たい女とあだ名通りに認識されている。


 それでも実力だけは本物であり、次のオリンピックも優勝確実とさえ評されている。

 こうやって期待をかけられてしまうと、ほとんどの人は不安になって本番でミスをしてしまいそうだけれど––––あの冷たい顔をした女王は、きっとそんなプレッシャーは微塵も感じないのだと思う。

 憶測でしかないけれど。


 僕はもう一度、そのジャンプを見る。

 一切ブレることなく飛翔し、空気抵抗などないと言わんばかりのスピンである。

 これは明らかに、間違いなく、確実に––––

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