011 『飛ぶ理由』
フィギュアスケートのルールに、『空を飛んではいけない』というものがあるのは知らない。
だけど、もしも一人だけ飛べるとしたら、それはどうなのだろうか?
一人だけズルをしていると周りから思われてもしょうがないと思うし、何より、自分自身がそう考えると思う。
「……どうしてかしら?」
僕が知ったように。
「別にこの前話した、"代償"が身体に負担があるからやめろって言っているわけじゃない」
もちろん、ソレもある。あるけど、僕がいいたいのはソレじゃない。『太れ』と言いたいわけでもない。
僕は
賞状は一度グシャグシャに丸めたようなシワの跡が付いており、トロフィーなんて先端が折れてしまっている。
「随分と雑に扱うのね」
「丸めて投げ飛ばしたんだ、悔しくてな」
「どういうこと?」
僕は銀メダルを取り出した。
「こっちのMVPと得点王を取った時は、準優勝だったんだ」
「それで……」
負けることの悔しさ。辛さが。
MVPの賞状と、得点王のトロフィーなんかより、金メダルが欲しかった。
僕は勝ちたかった。絶対に負けたくなかった。
「そっちの優勝した時のはな、超能力を使ったんだ」
それが僕の犯した過ち。超能力を悪用した悪行。勝ちたくて、負けたくなくて、僕はズルをした。
もう二度と、チームメイトが泣く顔なんて見たくなかった。
もう二度と、お前らは優勝しろよなんていう先輩の声は聞きたくなかった。
だけどその結果として、僕はえも知れない虚無感を味わった。
自分がズルをしているという自覚を、勝ちたい、負けたくないという欲求で打ち消し、金メダルを首にかけられた瞬間に––––思い出した。
それはやっちゃいけないことであり、してはいけないことだった。
結果、僕は能力を悪用した"代償"として、フットボールへの情熱を失った。能力を使用し、失ったものは、髪の毛だけでは無かった。
モチベーション、やる気、情熱。そういうのが嘘みたいにどこかへと消えてしまった。燃え尽き症候群力という言葉もあるくらいなので、よくある事––––なのかもしれない。
僕はそれを
だからそれを、
「そんなの知らないし、もしそうだとしてもあなたに止める権利はないでしょ。それとも、大会での超能力の使用はルール違反だと言いたいわけ? 超能力の三大原則的に?」
「超能力を使用した行為自体を法で罰する取り決めは今のところない。仮に大会で使ったとしてもお
「なら、問題ないじゃない」
やはり無駄だった。これは言葉じゃ説明出来ない代物だ。
体感しないと分からないものだ。罪悪感、虚無感、自分への嫌悪感とかとかとか。そういう感情が勝利というポジティブな感情を飲み込み、一気に押し寄せてくる。
「
これ以上母親を失望させたくない––––と
「私ね、十五歳までずっと結果が出なかったの」
確か、
「昔は母親がコーチをしてくれていたの。でも、私は結果を出せなかった。何度も母親を失望させて、何度も怒られてわ。『才能が無いから辞めなさい』とまで言われたわ」
実の母親にそんなことを言われるのは、どんなに辛かっただろう。
僕には分からない。
母親からこれでもかと愛情を注がれた僕には、分からない。
疑問には思っていた。なぜ
そうか、母親がコーチだったのか。新しいコーチをなぜ雇わなかったのか? とは、あえて問うまい。
「結果、呆れられたし、見捨てられた。十五歳なんてまだまだこれからだ––––と思うかもしれないけど、フィギュアスケート選手ってすごい短命なのよ」
それも知っている。二十代後半の選手はほとんど居ない。メダルを取った選手でも、二十代半ばで引退するような世界だ。
「それに私の身体はフィギュア向きじゃないの。大き過ぎる。もしも身長が150センチ台だったら––––っていつも思うわ。軽くて小さい方が飛べるもの」
スポーツにおいて、身長の大きさというのは、メリットになる場合が多い。
考えもしなかった、それが大きなハンデになるなんて。
「そんなある日、私は飛べるようになった。心から喜んだわ、ああ、これなら勝てるって。そして、オリンピック出場が決まって久々に母親から連絡が来たの。『頑張りなさい』って、とても嬉しかったわ。久しぶりに一緒にご飯を食べて、エステにも連れて行ってくれたわ」
だから、と
「私は負けるわけにはいかない。絶対に。もう二度と母親に嫌われたくないもの」
それが銀盤の女王がひたすら練習に打ち込む真実だった。
女性としての機能を捨ててまで飛ぶ
だって彼女は、母親に認められたいだけの子供なのだから。
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