012 『努力と言う名の"代償"』

「どうすりゃいいと思う?」

「私に聞かれても困るにゃ」


 次の日、僕は困った時の如宮きさみやの猫の手を借りる作戦を決行した。

 作戦というワードを使うのもおこがましい程の、作戦だけど。

 実際、ただ如宮きさみやのところに苫小牧とまこまいが練習に行っている隙にお茶をしに来ただけだ。

 ちなみにその苫小牧とまこまいのヤローは、あの後普通に風呂に入って、しかも髪の毛を大量に湯船に浮かべて帰りやがった。

 嫌味な上に、常識知らずで、図々しいやつだ。

 湯船に落としていった髪の毛を全部拾い上げてから、まだ捨てていないので、今度突きつけてやろうと思う。


「いや、人の髪の毛を拾って保管しているのはどうかと思うにゃ」


 なんて如宮きさみやは言っているが、そんなのは知らん。僕は髪の怨みだけは絶対に忘れない。


「それでにゃんだったかにゃ……、あ、そうにゃ、そうにゃ、新しい育毛剤のはにゃしにゃ」

「違う、確かに新しい育毛剤がすごくいいはにゃしはしたけど、苫小牧とまこまいはにゃしだ」


 如宮きさみやは「冗談だにゃ」と顔を洗った(今日は猫モードだ)。


上終かみはてくんも分かっているとは思うんにゃけど、魔法のように全てを綺麗に片付けるのは、絶対に無理だにゃ」

「…………」


 そうだ。僕は超能力者ではあるが、魔法使いではない。

 サッカーをしている時はマジシャンと呼ばれた事もあるにはあったが、それは別の話だ。

 問題は大きく分けて三つ。

 苫小牧とまこまい自身に能力の使用をやめさせること。

 生理が来ないこと。

 母親とのこと。

 いくつかの方法はあると思う。母親に連絡を取って事情を話すとか、医師に相談し、ドクターストップをかけてもらう、とかとかとか。

 うん、どれも正解じゃないな。

 根本的な解決にはならないし、そもそもこれは、苫小牧とまこまいの為を思った僕のありがた迷惑というやつだろう。


上終かみはてくんが、苫小牧とまこまいに肩入れする気持ちは分からにゃくもにゃいが、無理にゃものは無理とあきらめるのも時には必要だにゃ」

「でもそうしたら……」

「君に出来ることはにゃにもにゃいにゃ」

「…………」


 面白口調とは裏腹に、如宮きさみやにゃんこはキツいことを言う。


「そもそも、上終かみはてくんと苫小牧とまこまいでは立場が違うにゃ。上終かみはてくんは、超能力を使わにゃくても結果を出せていたにゃ」


 そうだ。僕は超能力を使う以前から、毎年新入部員が百人以上いるような強豪校のレギュラーで、エースで、MVPで、得点王だった。

 そして、準優勝だったし、A代表にも呼ばれた。

 普通に考えたら、十分過ぎる程結果を出していると言える。


上終かみはてくんは、あくまで高い実力を超能力で武装して、結果を確実にゃものにしたに過ぎにゃいにゃ」


 もう一度言うが、準優勝だった。全国大会までは行けているし、決勝まで行っている。

 次の大会で、僕が超能力を使わなくても優勝出来た可能性は大いにある。実際、僕達の高校は優勝候補だったし。


「対して、苫小牧とまこまいは近年まで結果が全然出てにゃい。苫小牧とまこまい上終かみはてくんと違って、超能力に頼らにゃければ、結果を出すことすらままにゃらにゃい」


 人類史上初の四回転アクセル。練習でさえ飛べた者はいないという、超絶技巧のジャンプ。

 女性であることを捨てて飛ぶジャンプ。


上終かみはてくんと、苫小牧とまこまいでは超能力を使うベースが違うんだにゃ。同じように見えて全く違うにゃ」

「……いや」


 いや、違う。

 そんなことない。

 あいつはそんなものに頼らなくても凄いんだ。

 苫小牧とまこまいの練習する姿を毎日見てきた。ストイックに自らを追い込み、研磨けんまするように鋭く、そして優雅に滑る。

 超能力を使用した、四回転アクセルというジャンプが無くたって、僕はあいつがオリンピックで勝てると思っている。

 苫小牧とまこまいは十五歳まで結果が出なかったと言っていた。確かにオリンピック出場を決めたのは、そのジャンプなのだろう。最初に結果を出したのは、女性としての機能を"代償"とした、あの四回転アクセルなのだろう。

 でも、苫小牧とまこまいだって毎日練習している。日常を犠牲にし、学生としても、年頃の女子としての生活も犠牲にし、練習している。


 ならば、努力という"代償"を払ったのだから、そのが出ないとは限らない。

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