013 『ムーンサルト』
「よっ」
「……懲りないわね」
銀盤の女王の突き刺さるような視線が、もはや心地良いぜ。
僕はまたもや、
もうすぐ夏だからな、暑いし。
夏が近付いているのに氷が張ってあるなんて、最近のスケートリンクは本当に凄いよな。
「なあ、頼みがあるんだが」
「使うわよ」
頼み事をする前にその内容を予想され、回答された。まあ、
「一回、超能力使わないでさ、やってみてくれよ」
「それだと、四回転アクセルは出来ないわよ」
「しなくていいよ、三回転とか、三回転半とか」
「出来るわけないじゃない、私は超能力を使わなきゃ、トリプルアクセルさえ出来ないのよ」
「やってみたのか?」
「やる必要がないもの」
無いだろうな。四回転半なんてのがあればな。
「なら、試しにやってみてくれ」
「……分かったわ」
と渋々スケートリンクに向かっていった。
下手に断る理由を探すよりも、そっちの方が楽だと言わんばかりの態度だ。
スケートリンクに足を踏み入れた
緩やかに氷の上を滑り、まずはリンクを一周する。いつもの光景。
その後、軽く助走をつけ––––飛ぶ。
いつものふわりと浮かぶようなジャンプとは違う、勢いのある鋭いジャンプ。
銀盤の女王は回る。
くるりくるりくるりくるっと。
回転も速い。だけど、ブレておらず安定している。
きっちり三回転半回り、
僕が採点していいなら、10点だ(もう合ってるかなんて知らん)。
「ほら、出来たじゃないか」
声をかけると、少し高揚した
「……自分でもビックリしてるわ」
「毎日練習してるんだから、そのくらい出来るようになってんに決まってるだろ。お前自身が、お前の実力を一番分かってねーんじゃないのか?」
「……でも、私は使うわよ」
「……そう言うと思ってたよ」
三回転半が飛べたからと言って、それがあのジャンプを上回ることはない。
それは僕もよく分かっている。
確実に勝つために必要なのは、間違いなくそっちだ。
あくまで
だけど、自分に実力がないとは思わなくなったはずだ。
「お前は、自分は超能力を使わなきゃ大したこと無いと思ってるみたいだけどさ、そんなことはないと思うぜ」
「そんな励まし、要らないわよ」
「…………」
「ハゲ増し」
僕は『励まし』と言う言葉に反応してしまった。それを見逃さず、
励まし、ハゲ増し。うるさいわ! やな奴!
まあ––––この数日で、僕が
具体的には、髪の毛の話には敏感だってことだけど。もう本当に髪の話はやめて欲しい。受験生の『落ちる』だとか、『滑る』並みに気にしてるんだから。ネットとかの広告も、やたらと『育毛』だとか、『増毛』というワードが気になるようになっちゃったし。逆に気にしているから、目に入るだけ––––とも言えるか。
ともかく、せっかく励ま……ポジティブな言葉をかけてやったと言うのに、ハゲ増しで無かったことにされてしまった。
気を取り直して。
「でもさ、出来ることが増えるのは選手としては、いいことじゃないのか?」
「そうね、ジャンプだけがフィギュアスケートじゃないもの」
フィギュアスケートの技に関す知識を、僕はそれほど有していない。ただ、Y字バランスでスピンしたりだとか、後ろ向きに滑ったりだとか、そういうのがあるのは知っている。テレビで見たことはある。テレビっ子だったし(関係ないか)。
「なあ、
「何かしら?」
「なんて言うんだろう、えっと、演技でいいのかな? ああいうのって、自分で考えてるのか?」
「そうね、今は自分で考えているわ」
今は、か。昔は違かった––––ということか。
「じゃあ、ムーンサルトとかやってみたらどうだ?」
「……バカなの?」
「だって浮けるんだから、出来るだろ」
「バックフリップのようなジャンプは、禁止されてるのよ」
知らなかった。まあ、先程も述べたが、僕はフィギュアスケートに関してはにわか知識すら無いからな。アクセルというのが〇回転半、くらいの知識しかない。そもそもバックフリップが分からない。バク転のことかな。
「じゃあさ、じゃあさ––––」
「どーせ、またおバカなことを言うんでしょ。やらないわよ」
「おバカって言うなよ」
「じゃあ、おハゲ」
「おを付けて丁寧語にするなよ、それとハゲじゃないし」
「じゃあ、Oハゲ」
Oハゲ。なんだ、どういう意味だ?
Oというアルファベッドにはどんな意味が––––あ、まさか、O字型にハゲている人のことか⁉︎
カッパタイプのこと言ってんのか⁉︎
うわっ、口悪いなこいつ! 今こいつは、全世界の薄毛人を敵に回したぞ!
「なんでお前はそんなに口が悪いんだよ!」
「だって、面白いんだもの」
「僕は全く面白くない!」
ストレスでハゲそうだ。
「でも、こうやって誰かと演技のことで話すのは嫌いじゃないわ」
「そうかい……」
嫌いじゃない。『嫌い』という言葉の否定系。受け取り方によっては、『好き』と解釈してもいい、難しい日本語の一つだ。
思い返せば、この学園に初めて来た時、
あの時の
スポーツにおいて、同業者のプレーを見るのは楽しいものだ。僕だってそうだ。憧れの選手は当然いるし、その選手のプレーを動画で何回も見たりした。
それと同じように、もしかしたら
「
「嫌いだったら、やっているわけないでしょ」
即答だった。じゃあ、そうだよな……。母親に好きなものを辞めろと言われるのは、嫌だよな。
「私、もう少し練習するから」
「はいはい、練習熱心ですねー」
リンクを一周してから、中央付近で停止し、そして––––母さんがよくやるようなポーズをとった––––宝塚ポーズとでも言えば、いいのだろうか。右手を頭の後ろから回して左頬に添え、左手は身体に巻きつけるようにして、静止する。
「何だ?」
「そこにリモコンがあるから、再生ボタンを押して頂戴」
リモコン? 首を傾げながら
「これでいいのか?」
曲のリズムに合わせ、
力みなく、自然体な演技。
知っている、母さんがよくやっているから。多分これは、プログラムにはない演舞だ。その場のノリ、即興で音楽に合わせ、踊っている。
……なんか、楽しそうだな。
表情はいつも通りだし、笑っているわけでもない。でも楽しんでいるのは、伝わってくる。
鋭く、回転の速いジャンプ。あのジャンプではない。綺麗に着氷し、その後すぐに再び飛ぶ。
コンビネーションってやつだろう。僕はフィギュアにそこまで詳しいわけじゃないので、ジャンプの名前は分からないけど(
その後、
だけど、飛んだのは四回転アクセルではなく、ムーンサルトだった。
くるりと身体を捻り、新体操の選手のように飛ぶ。なんか、飛び慣れている感じでもあった。
ふと、父親は体操の選手だった––––という言葉を思い出した。もしかしたら、そっちも少しはやっていたのかもしれない。僕が子供の頃は劇団に所属していたように。
着氷した時、
相変わらず笑ってはいないが、しかめっ面でもなかった。その表情を見て、僕はなんだかおかしな気持ちになり、ニヤリと笑ってしまった。
そして、再びふわりと浮かぶ方のジャンプ––––四回転半の方のジャンプをする。
「…………っ!」
––––様子がおかしい。
––––浮かび過ぎている。
通常なら五十センチ前後の所、明らかに二メートル以上浮かんでいる。
そして、それはどんどん上昇していた。
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