007 『上終わぉーん』
次の日、日付にして六月二十五日の午後。
僕は、スケートリンクで練習をしていた
「よっ」
「あら、昨日ぶりね」
「これから草壁のとこ行くけど、行く?」
「行くわ」
というわけで、昨日話した通り、今日は
草壁もきっと喜ぶぞ。
僕達は一度、
「おい」
現在、僕の両腕は動かない。
ので。
猫耳を取ることが出来ない。
「おい、なんだこれは、なんのつもりだ」
「
だけど、それとこれとは話が別だ。
僕は眉間にシワを寄せ、最大限の怒りを表明し、誠に遺憾の意を示したが、無駄だった。
全く。おもちゃじゃねーぞ、こら。怪我人をおもちゃにするとか、最低だぞ、こら。
寝ている人に悪戯をする感覚で怪我人を
……まあ、これで草壁も笑ってくれるなら、道化にでもなるさ。
演じるのは得意だ。
今でも、涙くらいならすぐに出せる。僕は子役のことを涙早出し選手権だと思ってたくらいだからな。
僕たちは
そして、僕は口呼吸に切り替える。
「一応、お前が来ることは言っておいたから」
「そう」
味気ない返答。まあ、普段の
僕はインターホンを押し、草壁が出るのを待つ。
「あ、
インターホンのカメラを通して、草壁がクスクスと笑うのが目に浮かんだ。
「
「
悪戯にゃんこさんなんて可愛いものじゃない。あれは、悪魔だ。
「ふふっ、今開けますね」
もう一度ほわんとした笑い声が聞こえ、数秒後、扉のロックが解除され、扉が開く。
「よっ」
「こんにちはっ、
ふわふわとしたワタアメみたいなツインテールに(トイプードルみたいだ)、白いオフショルのブラウスに(肩が全見えだ……あと胸も)、黒のプリッツスカートを合わせた草壁が出迎えてくれた。
これからデートですか? ってくらいお洒落な格好である。
僕はマスクガールこと、
「この常時しかめっ面なのが、
「マスクをしているのだから、しかめっ面なのかどうかは分からないじゃない」
確かに。分からない。
草壁は
嫌––––ではないけど、思うところはある。みたいな感じだと思う。
僕は、草壁と会う時にはガスマスクなんてものは付けないようにしている。
だって草壁の気持ちになってみれば、自分に会いに来る人が、みなガスマスクを付けていたとしたら、それは分かっていても、自分が臭いからと分かっていたとしても、ショックなはずだから。
自分はガスマスクを付けて、接するような存在だと、改めて認識するのは辛いはずだ。
なのでせめて。
僕はそんなものは付けないと決めた。
「あ、えと、草壁凛子です。オリンピック出場、おめでとうございますっ」
「……こんにちは」
いや、そこは「ありがとう」じゃないの、
「……とりあえず上がるか」
「あ、どうぞっ」
こう、食事の時とか箸とかをさ、ヒューンて浮かべて––––いや、それだったらご飯を宇宙で食事するように浮かせて––––
なんて考えていると、草壁の困った表情が飛び込んできた。
「どうした?」
「あ、えと、その……スリッパが
ああ、そうか。ここに来るのは僕しかいないので、来客用のスリッパは僕のしか存在しないのだ。
だけど、
「私は大丈夫よ」
そう言って
「すまん、草壁……アイツはなんて言うか、常識知らずな女王様なんだ……」
代わりに僕が謝るハメになっていた。親か! 僕はアイツの親か! 保護者じゃねーぞこら!
「大丈夫ですよ、さ、
「ああ……」
草壁に促され、リビングへと向かう。だが、
「あれ?」
あたりをキョロキョロと見渡す。いない。
なんでアイツ人のうちで隠れんぼ始めちゃうの? 確かにここのトイレは鏡の後ろにあるから(ちなみに僕の所は絵画の裏にある)、その気持ちは分からなくはないけどさ。
「何をキョロキョロしてるの?」
「あ、お前! どこに言ってたんだよ」
「別の部屋に行っちゃってたのよ」
「人の家に来て勝手に他の部屋に入るな」
迷っていただけだった。
まあ、このマンションの間取りは全部屋違うからな。迷う理由も分からなくはないが、それは自業自得だ。
というか、勝手にウロチョロするな。
草壁は気にしてない様子だけれど、そういう所、
「私はお茶を入れてきますので、お二人は座っていてください」
「私、カフェインの入っているものは飲まないの」
どこかで見たことのあるやり取りだ。
「では、オレンジジュースはどうでしょうか?」
この提案も
草壁がパタパタとキッチンに向かうのを見てから、
「いいのか? 砂糖とか入ってるんじゃないのか?」
「オレンジジュースってね、ミネラルやビタミンがたっぷりで疲労回復に効くのよ」
「へぇ」
僕も昔はサッカーをしていたので、その辺は割と詳しかったのだけれど、素人とプロはやっぱり違うなと改めさせられる。
僕はここまで徹底していなかったからな。
数分後、草壁は何も持たずに戻ってきた。
またもや困り顔で。
「今度はどうしたんだ?」
「その、コップが二つしかなくて……」
ああ、そりゃそうだ。あるわけがない。ここに来るのは僕しか居ないので、コップは当然、僕と草壁の使うやつしかない。
「
「なら、私はいいわ。よく考えたら、これじゃあ飲めないし」
ガスマスクをトントンと叩いた。
そうだ、
草壁が再びキッチンに戻ったのを見計らって、
「思っ……より、……いわね」
「は? なんて?」
ガスマスクを付けての小声はちょっと聞き取り辛かった。
「だから、思ってたより小さいわねって言ったのよ」
「いや、大きいだろ」
僕がそう言うと
「なんだよ」
「私は胸じゃなくて、身長のことを言ったのだけれど」
「……いや、主語を抜かしたお前が悪い」
なんでこんな誘導尋問みたいなことされてるんだ?
そんなに僕のことを巨乳好きのおっぱい星人にしたいのか?
……これ以上追求されるのも嫌だし、話変えちゃお。
「それより、臭いはどうだ?」
「大丈夫よ、新鮮な空気を吸ってるわ」
たっかいガスマスクしてるしね、当然か。
「植物が沢山あって、空気が美味しいわ」
「いや、お前ガスマスクしてるんだから、それは関係ないと思うぞ」
「じゃあ、私帰るから」
「はあ⁉︎」
おいおいおいおい。
どうして今の会話の流れで帰る流れになる?
まさか、アレか? 僕がおっぱい星人の疑惑があるからなのか?
「知りたいことは分かったし」
まさか、こいつ、草壁の胸の大きさを見にきただけか⁉︎
はあ⁉︎
他のクラスのから僕を見にくる女子かよ!
あれが、
懐かしい話しちゃったよ、おい!
マジかよ……。
「あれ、
お盆にお揃いのコップを二つ乗せた草壁は、
「あいつは、えーと……なんか、急用が出来たから帰るって……。あ、これ––––」
僕は
「急に帰ってごめんなさい––––だってさ」
なーんで、僕はあいつの為に言い訳なんかしなきゃいけないわけ?
我儘なご主人様に仕える忠犬になった気分だ。
それはともかく。
動物繋がりで思い出した。
僕は草壁に、頼まなきゃいけないことがある。
「草壁」
「なんでしょう?」
「この猫耳取ってくれ」
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