008 『残念イケメン』

「あら、おかえり」

「なんで居るんだよ」


 草壁のところから戻ると、当たり前と言わんばかりに苫小牧とまこまいがいた。

 僕の母親の姿をした如宮きさみやと、優雅に午後のティータイムを楽しんでいた。


「なんでオレンジジュースは飲まずに、紅茶飲んでるんだよ、カフェイン入ってるだろ、それ」

「ノンカフェインですの」


 僕の質問には、かわりに如宮きさみやが答えた。


上終かみはてくんも、お飲みになりますか?」

「貰うよ」


 如宮きさみやは「分かりましたわ」と了承し、僕のカップを取りにキッチンへと向かう。

 僕は行儀は悪いが、足で椅子を引き(両腕が上がらないので許して欲しい)、苫小牧とまこまいの隣に座る。

 そして、文句を口にする。


「つーか、さっきも聞いたけど、何でいるんだよ?」

「これはガスマスクを返しに寄ったついでに、少しお話しをしていただけよ」

「お前が行きたいって言うから、連れてったのに、すぐに帰るとかどんな神経してるんだよ……」


 まあ––––あんまり苫小牧とまこまいを責めるわけにもいかなかったりする。

 不快感があるような場所から離れたくなるのは、人間の本能だ。草壁の近くはまさにソレだ。


「やっぱりさ、臭かったか?」

「問題なかったわよ」

「なら、なんですぐに帰ったんだ?」

「だから言ったでしょ、確かめたいことは分かったからって」

「……なあ、それって––––」

「お待たせしましたわ」


 僕たちの会話に割り込むように如宮きさみやが僕の目の前にアイスティーを置いた。

 ご丁寧にストローまで付いてるし、ミルクも入ってる。


「外は結構な暑さですので、上終かみはてくんには冷たいものを用意しましたわ」

「さんきゅ」


 お礼を言ってから、アイスティーを一口飲む、あっま。美味いけど。

 僕は天香てんかのタピオカ好きのせいでミルクティーを飲む機会が結構あるのだけれど(車で近くの街まで買いに行ってる)、たまにはタピオカの入ってないやつもいいな––––なんて思った。


「ところで」


 苫小牧とまこまいが僕の腕をチラッと見てから、話を切り出す。


上終かみはてくんって、お風呂とかどうしているのかしら?」

如宮きさみやに洗ってもらってる」

「…………」


 苫小牧とまこまいは不満そうに目を細める。


「何だよ」

「一緒にお風呂なんて仲良いわね」

「いや、母親と入ってる気分になるから」


 如宮きさみやはお風呂でも母親の姿なので、なんか実家にいた頃のことを少し思い出す。当たり前だけど、中身が如宮きさみやとはいえ、母親の肌を見たところで何とも思わない。

 マザコンじゃないし。胸が大きくても僕はおっぱい星人じゃないし。

 しかし、苫小牧とまこまいはまだ思う所があるようで、


「でも、一応男女なのだから……そういうのどうなの?」


 その問いには如宮きさみやが答えた。


「そこの男はお風呂上がりに、全裸でその辺をウロチョロするような男ですの」


 ため息をつきながら。


「しかも、トイレに入る時は鍵を閉めませんし、寝る時は下着一枚で寝ますので、なんというか––––上終かみはてくんの肌を見るのは、慣れてしまいましたわ」

「あなた、恥ずかしくないの?」


 苫小牧とまこまいは見慣れたしかめっ面を浮かべ、こちらを見る。

 何言ってるんだか。


「この身体に見られて恥ずかしい場所などない」

「…………」

「…………」


 苫小牧とまこまいは面食らった顔で押し黙り、如宮きさみやは再び溜息をつく。


「いつもこんな感じで、注意しても直りませんし、直しませんの。アニメとか漫画とかで、ヒロインと主人公の間でそういう感じのハプニングがあるのは知っていますが、まさか男側がそれをしてくるとは思いませんでしたわ」

如宮きさみやさんも苦労してるのね……」


 如宮きさみやを労る苫小牧とまこまい

 なにこれ、僕が悪いの?

 いやだって家にいるんだからさ、そのくらい良くない?

 しかも最近は、寝る時はちゃんとパジャマを着ている。やたらと肌触りのいい、バルサのCBみたいな名前のパジャマ着ている。

 僕は寝る時は服を脱いじゃうタイプなのだけれど、今は両手が動かせないので脱げない。

 ので。

 如宮きさみやに着せられたパジャマを仕方なく着て寝ている。


上終かみはてくん」


 苫小牧とまこまいにいきなり名指しで呼ばれ、僕は少しビクッとしてしまった。


「な、なんだ? 急に改まって……」

「私が上終かみはてくんの家に泊まったとして、裸でウロチョロしてたり、トイレに鍵をかけずに入ってたりしたら、どう思う?」


 少し考える。それは、まあ、アレだよな。


「自分の家だと思って、くつろぎ過ぎじゃないかな。アレって、建前で言ってるだけだからな」


 僕の回答を訊いた苫小牧とまこまい如宮きさみやは、「ダメだこりゃ」とでも言いたげに、本日何回目かも分からない溜息をついた。


「もう諦めた方がよろしいですわ」

「そうね……指摘されたのが、裸でウロチョロじゃなくて、くつろぎ過ぎって所がもうダメよね」

「いや、ちょっと待てよ、僕がおかしいって言うのか?」

「しかも天然入ってるし」


 苫小牧とまこまいは呆れたと言わんばかりに額に手を当てる。

 そして、如宮きさみやは言う。


上終かみはてくんみたいなのを、残念なイケメンと言いますのよ」

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