009 『勘違いバスタイム』

 ここいらで、草壁の問題をちょっとだけ整理しておこうと思う。

 漠然とした中手探りで探すよりも、こうやって情報を整理することによって、何か新しい解決策が見つかる可能性は無きにしもあらず––––ってやつだ。

 草壁の問題。

 草壁凛子の問題。

 それはたった一つであり、能力のコントロールが出来ずに、発動しっぱなしであること。

 それによる"代償"で、常時異臭を放ち続けていること。

 異能の力により異臭とは、ちょっとした皮肉でもあるし、能力がマイナスイオンを発生させるだけ––––というのも皮肉以外のなんでもない。

 "代償"は人によって様々。

 僕は髪。

 如宮きさみやは標準語。

 苫小牧とまこまいは生理。

 草壁は悪臭。

 対処法も違うし、そもそも能力のコントロールはまた別の話になる。

 発動し続ける超能力。常時発動型。

 この継続した超能力の発動により、草壁は外部との接触を断たれた状態にある。

 表には出さないけれど、精神的にも追い込まれていると僕は考えている。

 前の学校であったイジメも気にしないはずはない。

 前に草壁の口から少しだけ聞いた話では、整形疑惑や、豊満疑惑まであったそうだ。

 可愛いから。大きいから。目立つから。

 そういう子は。

 イジメのターゲットになりやすい。

 嫌な話だ。とてもとても。

 これは想像したくないし、考えたくもないことだけれど、自殺––––なんて二文字も時折僕の脳裏をよぎる。

 最近はちゃんと笑えるようになった草壁だけれど、初めて僕に向けたあの悲しそうな笑顔を見てしまっては、それを時折考えずにはいられない。

 無い話じゃない。

 超能力がキッカケとなり、自殺を図ったという話は。

 無い話じゃないんだ。

 だから僕はなるべく草壁の近くに居ることを選んだ。

 臭いなんて知るかと。

 そんなの知るかと。

 確かに気絶しそうな程の悪臭だし、実際したこともある。

 だからってそれは、草壁との付き合いを否定する理由にはならない。

 LINEもするし、電話もするし、時間を共にする。

 拒否する理由にはならない。


上終かみはてくん、流石に長風呂過ぎる……にゃ」

如宮きさみやか」


 湯船に浸かり思考していると、扉の外から声をかけられた。

 ちなみに、身体を洗う前に湯船に浸かるという常識外れな風呂の入り方をしているが、如宮きさみやの入った後だし、僕が最後なので、そこは許して欲しい。

 こうやって身体をふやかした方が、汚れも落ちるってもんだ。


「今、出るよ。背中を流しに来てくれたんだろ?」

「あ、うん……そうだにゃ」


 ですわはやめたのか。まあ、にゃん語の方がマシか。

 僕が椅子に腰掛けたタイミングで、扉が開き、如宮きさみやが入ってくる。

 苫小牧とまこまいの姿で。

 バスタオルを巻いているが、苫小牧とまこまいの綺麗な身体のラインがハッキリと分かる。長身でモデル体型ではあるが、しっかりと筋肉も付いている。

 やっぱり、アスリートだな。

 だが、それとこれとは話が別だ。


「おい、如宮きさみや、流石の僕もそれは悪趣味だと思うぞ。苫小牧とまこまいだって、僕に肌を見られるのに抵抗があるだろうし」

「それは、えっと、無いって言ってたわ……にゃ」


 うん?

 何かがおかしい。

 如宮きさみやにしては、なんというか、にゃん語が下手だ。

 如宮きさみやはギャル語でもにゃん語でもお嬢様言葉でも器用に話す。

 のに。

 何故か、今日の如宮きさみやは下手だ。

 まあ––––如宮きさみやも完璧ではない日もあるってことかな。

 僕も時々噛むし。元子役でも滑舌が悪い日もある。

 空虚くうきょ九州空港きゅうしゅうくうこう究極高級航空機きゅうきょくこうきゅうこうくうき

 よし、言えた。


「じゃあ、背中流すにゃから」

「いや、頭から洗ってくれよ」

「へっ?」

「あ、いや、背中からでもいいけどさ」


 僕はこう見えて、頭から洗う派だ。母さんは身体から派だったけど、僕は子供の頃から頭から洗う派だからな。

 上から洗っていくのが好みだ。

 でも、それは如宮きさみやも知ってるはずだ––––ど忘れかな? 多分。


「じゃあ、頭洗うから……えっとシャンプーは、これかしら? にゃ」

「いや、それは––––」


 ……ああ、なるほど。そうか、そういうことか。

 合点が言った。

 今このバスルームにはシャンプーが二種類ある。僕のと如宮きさみやのだ。

 なのに、シャンプーがどれか分からないのはおかしくないだろうか?

 シャンプーの種類が多いからと言って、普段使っている本人が分からないなんてことはあり得ない。

 つまり、こいつは––––


「それはシャンプーじゃなくて、ボディーソープだ、苫小牧とまこまい

「……ああ、そうだったのね、似ているから、間違えて……あっ」


 振り向き苫小牧とまこまいの顔を見ると、今まで見たこともないような面白い顔をしていた。

 こいつは、苫小牧とまこまいの姿になった如宮きさみやじゃない。

 苫小牧とまこまい本人だ。


「何やってんだよ、如宮きさみやはどうした?」

「な、にゃにを言っているんですの、私が如宮きさみやですにゃ」

「おい、テンパリ過ぎて日本語おかしくなってるぞ、一旦落ちつけ」


 深呼吸をする苫小牧とまこまい

 すーはーすーはと三往復はした後に、ここにいる理由を訊く。


「で、何やってんの?」

「あ、えっと……上終かみはてくんの背中を流しに来たの」

「何でだよ」


 確かに僕は腕が動かしにくい状態にあるので、お風呂とかは如宮きさみやの世話になっているが(本当にありがたい)、苫小牧とまこまいにそれを頼んだ覚えはない。


「助けてもらった……お礼よ」


 小さなボソボソとした声で、苫小牧とまこまいは言う。


「私、上終かみはてくんにお礼とかしてないな……と思って」

「それはあれか、スケートリンクでキャッチしたことか? 別にいいよ、腕を骨折したのも僕のミスだし」


 マットな、マット。

 いや、それ以前に苫小牧とまこまいに能力が暴走し、制御出来なくなる可能性の話をしておくべきだったか。

 だか、苫小牧とまこまいが言いたいのはソレではなかったらしく、


「それもあるけど、他にも色々……してくれたじゃない」

「そうだったか?」

「私にとっては、そうだったの」


 強い口調で言う苫小牧とまこまい


「だからね、その、お礼をしようと思って、背中を流しに来たのよ。ほら、その腕だと洗えないって言ってたし、如宮きさみやさんだって、毎日は流石にキツいだろうから、治るまでは、私が洗ってあげるわ」


 言って、苫小牧とまこまいはスポンジにを付け、僕の背中をゴシゴシと洗い始めた。


苫小牧とまこまい、テンパってるのは分かるけど、今シャンプーで背中洗ってるからな」

「あ……洗う毛が無いと思って」

「おい、その言い訳は酷過ぎるし、お礼をしたいと言いながら嫌味を言うな」


 どんな口だ。

 まあ––––僕が先に頭をとか言うから、こんがらがってしまったのだろう。

 そのままシャンプーで僕の背中をゴシゴシとしながら(力入れ過ぎで痛い)、苫小牧とまこまいは躊躇いがちに話を切り出した。


「ただ、それとは別に上終かみはてくんに話があったからって理由もあるのよ」

「それはいいが、風呂でする話じゃないだろ、裸だぞ、僕もお前も」

「見られて恥ずかしい所なんてないのでしょう?」

「そういうお前はどうなんだよ……」

「恥ずかしいと言えば恥ずかしいけれど、フィギュアスケートの衣装って結構際どいのあるし」


 確かにあるな。背中とか見えてたりな。

 しかし、他にも問題はある。


「お前の裸を見て、僕が欲情なんかしちゃったらどうするつもりだ? 如宮きさみやは僕の母親の姿をしていたからいいものの、お前は違うだろ?」

「私を襲うって言うの?」

「襲わないが、そういうこともあるかもしれないだろ?」

「その腕で?」


 あ、そう言えば動かないんだった。

 絶賛骨折中だった。


上終かみはてくんこそ、その筋肉質で見せても恥ずかしくない身体を私に見せて、私が先日、上終かみはてくんに習った保健体育を実技でやりたくなっちゃったら、どうするのかしら?」

「大声で如宮きさみやを呼ぶ」

「私が上終かみはてくんの背中を流すと言ったら、『なら、少しだけ仮眠を取りますわ』って言ってたわよ」


 逃げ道も逃げ場もなかった。

 逃げるは強引に確保出来るから、なんとかなりそうだけどさ。


「まあ、もし上終かみはてくんがそういう気持ちになったとしたら、私としては受け入れる気マンマンよ」

「…………」


 そうだった。こいつ、僕に惚れてるんだった。マンマンだった。

 誰だこいつに保健体育で子供の作り方教えてたやつ。

 僕だ。はあ……。


「とにかく、両腕が使えないんだから、襲われる可能性もちゃんと考えないとダメよ」

「それはお前以外に居るのか?」

「いるんじゃない? ほら、あのボブって人」


 あの事故の後、苫小牧とまこまいにボブを紹介したので、苫小牧とまこまいもある程度はあのナイチンゲイを知ってはいる。

 具体的には、男が好きで、僕のお尻をやたらと触りたガールってことを知っている。

 だけど、苫小牧とまこまいの予想は外れだ。


「いや、あいつは以外とキチンとしてるから、問題ないよ」


 ボブはふざけているように見えて、結構な常識人だからな。この前も、今年のお中元は何にしようかとか言って悩んでたし。


「で、話って何だ?」

「草壁さんのこと……どう思う?」

「質問が抽象的過ぎるから逆に尋ねるが、可愛いとか、そういうことを言えばいいのか?」

「好きなの?」


 そういう話だった。


「お前ってこういうのどストレートに聞いてくるよな」

「それでどうなの?」

「こういう時に変に誤魔化したりしたくないから正直に言うけど、好きか嫌いか問われたら好きだし、嫌いではないけど、付き合いたいとか、そういうことを考えたことはないよ」

「それは、どうして?」

「どうしてって言われも……気持ちの問題としか……それ以前に草壁は片付けなきゃいけない問題があるし……」

「じゃあ、足繁あししげく草壁さんの元に通ってるのは、恋愛感情からじゃないのね」

「そうだな」


 いくら草壁が可愛くて、(全く関係ないけど)おっぱいが大きいからといって、それが理由で僕は草壁をなんとかしてやろう––––と思っているわけじゃない。

 それは確かだ。


上終かみはてくんは、優しいのね」


 カッコよくて優しいなんて好きになっちゃうに決まってるわ––––と苫小牧とまこまいは言う。


「あんまりそういうことを本人を前にして言うな、流石に照れる」

「思ったことを言っただけよ」


 カッコいいな、コイツ。

 僕は苫小牧とまこまいみたいに、シンプルに物事をズバっと言えない。


「それで、草壁さんの件、どうするつもりなのかしら?」

「どうするって……様子を見るしかなくないか?」

「それはそうだけれど、いつまでもそうしておくわけにはいかないでしょ?」

「そうだな、草壁は一年間もあのままだ––––いや、前の学校の時のことも考えたら、もっとだしな」

「待って」


 苫小牧とまこまいは急に背中を洗う手を止めた。


「なんだよ?」

?」

「何にだよ?」


 苫小牧とまこまいは信じれないという顔で、こちらを見ていた。

 僕がその真実を知ったのは、次の日のことだった––––

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