008 『ナイチンゲイ』

 「よくあるそうだにゃ、大会中に生理が来にゃくにゃるというはにゃしは」


 次の日、苫小牧とまこまいに生理が来ない話を如宮きさみやにした。


「そもそも、アスリートとして身体を絞ると、来にゃくにゃることもあるそうだにゃ」


 割と博識な猫、如宮きさみやは淡々と言う。


「子供を産むにはある程度の脂肪が必要だにゃ。それを落として筋肉を付けた身体は、子供を作るのに適していにゃいと考えるにゃらば、残酷なはにゃしににゃるけど、来ないのは当然とも言えるにゃ」

「…………」


 僕は何も言えなかった。僕が何かを言えるような立場にあるわけじゃないし、そもそも言っていいのかさえ分からない。よくないことだとは分かるけど、それがメダルを取るのに必要だと言うなら、止められない。

 あの脂肪を削ぎ落としたアスリート体型を維持するためには、相当な負荷をかけているに違いない。

 アスリートは日常を犠牲にする。それを"代償"とする。


「まるで、女性はスポーツをするなと言っているみたいだ」


 男女差別を世界単位でするなんて、酷すぎる。


「必ずしもそうと言うわけではにゃいにゃ。苫小牧とまこまいレベルまで絞っていても、来る人は来るにゃ。あくまで、個人差はある––––というはにゃしにゃ」


 でも、そういうことなら僕の予想は外れたことになるのか?


如宮きさみや、もしかしてこの件は"代償"とは関係ないのか?」

「それは分からにゃい。ただ、"代償"の可能性は高いと考えて間違いにゃいと思うにゃ」


 どうやら、的外れなことを考えてしまったわけではないようだ。それなら、それで良かったんだが……、まあ、仕方ない。


「じゃあ、トレーニングの負荷と、"代償"の両方が合わさって来なくなっている感じか……」

「そう考えるのが妥当だにゃ」


 中々に重い問題だ。複数の要素が絡み合っている。

 おそらく、これは僕の予想になるが––––滞空時間の分だけ生理が遅れていくのだろう。

 それが積み重なり、身体の負担となり、来なくなってしまった。

 あるはずのものが、無くなってしまった。


「僕は今すぐに能力の使用をやめさせるべきだと思う」

「私もそれには同意するが、問題はそこじゃにゃいくらい上終かみはてくんも分かっているはずだにゃ」

苫小牧とまこまいに『太れ』と言えるわけないだろ」

「私が言いたいのは、、だにゃ」

「…………」


 

 如宮きさみやが問題視しているのは、苫小牧とまこまいがアスリートとして高負荷のトレーニングをしているという話ではない。

 別の事を言おうとしている。

 ただ、予想出来た話だ。

 ––––僕の話でもある。


にゃ大会連続MVPアンド得点王、現役高校生にしてA代表に呼ばれた天才フットボーラー、上終かみはて和音わおん

「昔の話はよしてくれ」


 昔の話だ。僕が前の高校にいた時の、な。


上終かみはてくんは、同じスポーツ選手として、苫小牧とまこまいに言わにゃきゃいけないことがあるはずだにゃ」


 分かっている。そんなことは、如宮きさみやに言われなくても分かっている。

 僕は自分の犯した過ちを苫小牧とまこまいに踏ませない為に、彼女をここに連れて来た。

 これまで触れずにきたことを、言わなきゃいけない。

 それだけは分かっている––––。


 この話をした日の午後、僕は学校の医務室を訪れた。

 単純に、苫小牧とまこまいの生理が来ないことへの質問をするためだ。

 本当は、苫小牧とまこまいも一緒の方が良かったのだけれど、行かないの一点張りだった。

 あいつは自分の身体なんかより、練習の方が大事だと思っているのだろう。


「カッミオワさーん、お久しぶりデース」

「違う、上終かみはてだ」

「本日は、ドウシター?」


 なんて片言の日本語を話すのは、栢山かやま学園の保険医にして、世界一の医者である、ボブだ。

 本名は違うけど(そもそも知らない)、見た目がボブだから、みんなボブって呼んでる。

 ボブは一度見た物を一度限りという条件付きで、自身がその時に観測した状態に戻せる。

 部品が壊れていても、時が経ち劣化していても、腕が取れても、首が無くなっても、死んでいても。

 一度だけなら、元に戻せる。

 ボブに見てもらうのは、一種の生命保険とも言えよう。だから苫小牧とまこまいも連れて来たかったのだ。大会前に怪我とかしても、治せるしね。

 "代償"も能力の強さを考えればとても軽く、筋肉を消費する。超能力を使うと、筋肉量が減る。だから、年中筋トレを行っている。保健室にも、フィットネスマシーンが多数あるしね。

 ボブは、この世界において、『ナデシコ・ダイワ』と同じくらい優遇されている超能力者の一人と言えるだろう。

 元はアメリカに居たのだけれど、日本の文化が好きでこっちに引っ越してきた。

 これが原因で、アメリカと日本の関係が少しこじれたりしたのだけれど(とてつもなく強力な超能力者なので、アメリカは流失を避けたかった)、今は大分マシになったらしい。

 僕はボブに苫小牧とまこまいの事情を軽く話した。


「なっるほど、なるほどネー」

「何がなるほどだ、本当に分かっているのか?」

「分かってますヨー、カッミオワさーん」


 もう、訂正する気にもならない。


「ワタシの能力じゃあ、ムリね」

「やはりそうか……」


 ボブの能力は、あくまで元の状態に戻す––––だ。

 元から来ないのだから、元に戻したとしても来ないことには変わりない。

 流石のナイチンゲールと称される名医もお手上げか。



「そんなことはあっりまセーン」

「何かあるのか?」

「来ないのは、身体的ということもありマースが、精神的ということもありマース」

「……つまり、どうしろと?」

「それはわかりまセーン」


 ダメじゃん。全然ダメじゃん。


「それよりカッミオワさーん」

「なんだ?」


 ボブは妙に熱い視線を僕に向けている。悪い予感しかしない。


「少し、お尻とかタッチオーケー?」

「NO」


 ボブがハマった日本文化。それは、BLだ。日本のアニメ、特に男性がいっぱい出ているアニメが好きで、本人も男が好きなのだ。

 しかも、無い。

 下に付いているはずの物を取っている。

 ナイチンゲールならぬ、ナイチンゲイだ。

 正確には、取ってしまった場合はゲイではなく、トランスジェンダーになると僕は思うのだけれど、『ナイチンゲイ』と自分で言っていたので、ゲイなのだろう。自分は男で男が好きだと言ってたし。戸籍上も男らしいし。

 ただ一度切りの人生、しかも自身の能力で一度だけやり直しが効くという理由で、とりあえず取ってみたらしい。僕にはその辺の思考はよく分からない。良くも悪くもアメリカンな奴だ。時々、ドラァグクイーンになってるし(これは関係ないか)。

 まあ面白くて、ノリのいいやつだとは思う。それは間違いない。

 だけど、僕を恋愛対象にするはやめて欲しい。マジ勘弁だ。

 ボブ曰く、僕の尻はドストライクらしく、こうして日夜アプローチされている。

 なので、僕はなるべくここには来たくなかったし、正直もう帰りたい。

 というか、帰る。


「お帰りですか、カッミオワさーん」

「ああ」


 しかし、医務室を出ようと扉に手をかけたところで、


「お尻をワンタッチさせてくれたら、海外から取り寄せた、この3万エーンの育毛剤をプレゼントしちゃいマース」

「…………」


 尻軽と言いたければ、勝手に言えばいい。

 髪は尻には変えられない。

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