005 『Fカップはそんなに大きくない』


苫小牧とまこまい、サインをくれ」


 その日のうちに、僕はマンションの下にあるジムに訪れていた。

 まだ誰も達成したことのないミッションを遂げるためだ。

 僕的には割と可能性はあるんじゃないかと予想している。最近の苫小牧とまこまいは、結構優しいし。

 だが、その返答は、YESでもNOでもなかった。


「それって、プロポーズ?」

「なんでそうなるんだよ⁉︎」

「いやだって、結婚届にってことでしょ?」

「お前まだ十六だから無理だろ!」

「何言ってるのよ、女は十六歳から結婚出来るのよ」

「それだいぶ前に変わったから!」


 時代遅れな奴だ。というか、え、何? 苫小牧とまこまいのやつ僕と結婚したいの?

 いやいやいやいやいや。

 うん、冗談だよな。コイツに好かれてるのは知ってるし、惚れられてるのも知ってるけど、流石に話が飛躍し過ぎている。


「お前まさか、僕と夫婦になりたいわけじゃないよな?」

上終かみはてくんと話してると破水しそうになるわ」

「覚えたての言葉を軽々しく使って感情表現するな! ぶっ飛び過ぎだよ!」


 何段階飛ばしてんだよ、おい。出産の一歩手前まで来てるじゃねーか。

 はあ……子供の作り方なんて教えるんじゃなかった……。保健体育的な意味で。

 その辺だけ無駄に知識がついたので、苫小牧とまこまいのボキャブラリーは、大分おかしくなっている。

 ボケブラリーだ。


「大体、なんで僕とお前が結婚する運びになるんだよ、段階を踏めよ!」

「えっ、上終かみはてくんって、私のこと好きなんじゃないの?」

「だから、なんでそうなるんだよ!」

「だって、上終かみはてくんは私の事を身をていして助けてくれたじゃない」

「おかげで腕がボッキボキだけどな」

「え、腕も勃起するの?」

「…………」


 頼む、誰かクールだった銀盤の女王を返してくれ。エロいワードを覚えたての小学生みたいになっていやがる。

 誰だコイツに保健体育とかいう要らないモノを教えたバカは!

 僕だ、ちくしょう!


「あのな、別に僕はお前のことが好きだから助けたわけじゃない。目の前で親しい人が怪我をしそうだったら、普通助けるだろ」


 勝手に身体が動くだろ、普通。


「ふぅん、親しい人ね……まあ、それでいいわ」

「…………」


 こんな感じで、最近の苫小牧とまこまいは、僕に下手くそなアプローチをかけ続けている。もちろん、別にそれが嫌というわけじゃない。

 僕は、苫小牧とまこまいのことを好きか嫌いかと聞かれたら、ズルい回答になるがlike的な意味では好きだ。苫小牧とまこまいのストイックな所や、アスリートとしての自覚––––みたいな所が結構好きなのだ。

 ただ、彼女にしたいかと言えばNOだ。

 そこまで苫小牧とまこまいのことを知ってるわけじゃないし、ね。


「で、サインだったわね、別にいいわよ」

「本当か!」

「ええ、色紙とかに書いたらいいのかしら?」

「ああ、ちょっと待っててくれ」


 僕は予め用意していた色紙を二枚取り出し、苫小牧とまこまいに手渡した。

 苫小牧とまこまいはその色紙を見て、


如宮きさみやさんの分?」


 と首を傾げだ。


「いいや、草壁っていう友達の分だ」

「その人、女の子ね」


 鋭い。女の勘ってやつか。


「まあ、うん、そうなんだけどさ、苫小牧とまこまいのファンみたいで––––」


 僕は草壁の事情を"代償"の話も含めて、苫小牧とまこまいに話した。


「なるほど、なるほど。可愛い女の子の為ってわけね」

「確かに草壁は可愛いが、ファンならサインくらい欲しがってもおかしくないだろ」

上終かみはてくんも私のファンなの?」

「まあな」

「それって好きってこと?」

「確かに好きだが、それはフィギュアスケート選手として好きなだけだからな」


 なんか、次はこいつに恋愛とか、そういうことを教えないといけない気がしてきた。

 如宮きさみやとか教えてやってくんないかな……。


「はい、どうぞ」


 などと考えているうちに、苫小牧とまこまいは色紙にサインを書いてくれた。

 ど真ん中に、縦書きで。

苫小牧とまこまい真彩まあや』と漢字で書かれていた。

 そうだよなぁ、普段サインを書かないんだから、誰かにサインをデザインしてもらう事もないよなぁ。

 芸能人とかスポーツ選手とかのカッコいいサインが、苫小牧とまこまいから出てくるわけないよな……。


「気に入らないのなら、書き直すわよ? 代わりの色紙があればだけど」


 色紙を苦笑いで見てたので、どうやら満足してないと思われたらしい。


「いいや、大丈夫だ。ありがとな」

「どういたしまして」


 いつも通りのクールな表情で言う、苫小牧とまこまい

 とりあえず、目的は達成だ。


「で、今度はその草壁って子の手助けをするわけ?」

「まあな」


 早くなんとかしてやりたいしな。夏休みも近いし。


「そもそも、苫小牧とまこまい栢山かやまに来る前から、草壁のことはずっと気にしてたんだよ」


 苫小牧とまこまいの事は、僕にとっても少し特殊なケースだったので、一時的に優先順位が高くなっていただけに過ぎない。


「ふぅん。まあいいわ。それで、その草壁って子はどんな子なのかしら?」

「なんだ興味あるのか?」


 苫小牧とまこまいは「少しだけ」と口にした。


「そうだな……とてもいい子だぞ」

「それだけじゃ分からないわ」

「僕のことを一度も上終かみおわって呼んだことがない」

「それが上終かみはてくんにとってのいい子の基準になるのね」


 なるだろ、普通。悪口言わないのはいい子だと思うぞ、僕は。


「あとは、猫耳とか似合いそうかな」

「じゃあ、上終かみはてくんと一緒ね」

「……うん?」


 ……なんで、そうなる? なぜ僕が猫耳が似合うと苫小牧とまこまいは思った? いや、既に僕に猫耳が似合うと知っている? 僕の見た目から判断したのか?

 いや、待て待て待て。

 タピオカも知らないような苫小牧とまこまいが、何故猫耳という物を知っている? 何故猫耳というワードを知っている?

 もちろん僕は、苫小牧とまこまいの前で猫耳なんてつけた事はないし、猫耳という存在を苫小牧とまこまいに教えたこともない。

 なのに、似合うと知っている。猫耳を知っている。

 何故だ?

 どうして?

 あ––––繋がった。


如宮きさみやかぁ!」


 如宮きさみやが僕の姿になり、猫耳を生やしたに違いない。苫小牧とまこまいの時もやってたし、間違いない。


「とっても可愛かったわ」

「ぐあああああ、如宮きさみやぁ!」


 如宮きさみや美咲。あいつは闇咲やみさきだ。人の嫌がることを率先してやる悪趣味なやつだ。

 ふと、僕の頭に最悪のケースが過った。いや、考えるな、考えることさえダメだ。忘れろ、忘れろ、忘れろ。母親の猫み––––忘れろ! 忘れろ! 忘れろ!


上終かみはてくん、どうしたの?」


 苫小牧とまこまいが心配そうに顔を覗き込んできた。


「い、いや、大丈夫……ちょっと、良くない想像をしただけだから……」


 とりあえず、脱線した話を元に戻そう。


「話を戻すぞ、草壁の話だったな。えーと、そうだな……草壁はちっちゃくて可愛いかな」

「どのくらいなのかしら?」

「正解な身長は最近は測ってないから分からないって言ってたけど、四捨五入したら150センチだってさ」

「つまり、140センチ台後半なのね」

「そのくらいだと思うよ」


 草壁は身長が低いのを気にしていたりする。身長が低いのに胸だけは大きいので、アンバランスだと思っている。

 と言ったら、


「男の人は巨胸が好きって本当だったのね」


 苫小牧とまこまいはそう言って小さく息を吐いた。

 いやいやいやいや。


「お前は誤解してるぞ、苫小牧とまこまい。僕はそういう話をしたくてこの話題を出したんじゃない。僕は草壁のことを苫小牧とまこまいに少しでも知って欲しくて、そう言ったんだ。そもそも、僕は巨乳が好きなんて一言も言ってないぞ」


 まったく、なんでみんなそういう勘違いをするかな。困った、困った。

 苫小牧とまこまいは目を細め、不満な表情を浮かべはしたが、あまり深くは突っ込まないようにしたらしい。

 代わりに質問を変えてきた。


「それで、胸が大きいってどのくらいなの? Dとか?」

「いいや、もっとあるぞ」

「E?」

「いいや、違う」

「じゃあまさか、F?」


 僕はそれを聞いてため息をついた。


苫小牧とまこまい

「何よ」

「Fカップってそんなに大きくないんだぜ」


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