011 『膝枕バンザイ』

「……ふぁ」

「あっ、起きましたか?」


 目を覚まし身体を起こすと、顔に柔らかいものが当たった。息苦しい。変幻自在の柔らかい物体が鼻と口の形に変形し、吸い込まれるようにフィットしてきた。


「ふほぉっ、ふがががががっ」

「やだっ、上終かみはて先輩っ、くすぐったいですよぉっ」


 甘くとろけるような草壁ボイスが、脳内に響く。

 とりあえず周囲を確認する。状況確認は大事だ。

 ……うん、うん、うん。

 なるほど、なるほど。分かったぞ。

 僕は寝ちゃって、草壁の膝を枕にしてるな、これ。草壁に膝枕されてるな、これ。

 ……ってことは、まさか、さっき顔に当たったのは––––おっぱいか⁉︎

 僕は草壁のおっぱいに顔を埋めたのか⁉︎

 やったぜ! ちょー柔らかかった!

 今までもちょくちょく、腕に当たったり、背中に押し付けられたりしたことがあったけど、顔を埋めたのは初めてだぜ!

 ひゃっほい!

 ……違う。全然ひゃっほいじゃない。今のはついうっかり間違えただけだ。

 僕はおっぱい大好きなおっぱい星人じゃないから、おっぱいに顔を埋めても喜ばないし、嬉しくないし、ひゃっほいとか言わない。

 うん、そう、言わない。

 僕は名残惜しい気持ちを抑えつつ、おっぱいに当たらないように起き上がった。


「……どのくらい寝てた?」

「ほんの一時間程度です」


 膝ちょっと痺れちゃいました––––と、草壁は自身の太ももをさすった。少し赤くなっている。


「ずっとしてくれてたのか?」

「はいっ、近くに丁度いい枕もクッションもなくて、そのままでは首を痛めてしまうと思いまして……」

「そっか、ありがとな」


 お礼を言って、目を肩でこする。

 まさか寝不足だったとはいえ、寝ちゃうとは思わなかった。

 草壁にも申し訳ないことをしたな。


「悪い、せっかく来たのに寝ちゃって……」

「いーえ、寝顔、とっても可愛かったですよっ」

「忘れろ」

「嫌ですっ」


 クスクスと楽しそうに笑う草壁。

 まあ、草壁が楽しそうだっていうならいっか。

 僕はソファーから立ち上がり、もう一度欠伸をしてから、


「今日のところは帰るよ」

「……明日も来てくれますか?」


 身長差があるので、上手目使いにこちらを見る草壁。小動物みたいだ。

 でも、小じゃない部分もよく見える。悪魔的に反則な角度でお願いされたら、僕の返答は決まっている。


「もちろん」

「じゃあ、待ってますねっ」


 なんて言葉を交わし、僕は草壁の部屋を後にする。

 寝る前に何か考えていた気もするが、草壁も特に何か言ってきたわけじゃないし、気にすることはないか。

 まだ少し意識がフワフワとするな。

 帰ったらすぐに風呂に––––って、一人じゃ入れないんだった。

 インターホンに頭突きを喰らわし、如宮きさみやが出るのを待っていると、


「あら、お帰りなさい」


 苫小牧とまこまいの声がインターホンから聞こえてきた。


「まーた来てたのかよ」

「いけない?」

「別にいけなくはないけどさ……」


 数秒後、ロックが開き、苫小牧とまこまいがドアを開けに来てくれた。


「眠そうね」

「ああ、昨日夜更かししたからな。少しだけ草壁のところで寝ちゃったみたいだ」

「…………」

「なんだ?」


 苫小牧とまこまいは僕の話を無視して、僕の首筋あたりをジッと見ている。


「虫に刺されてるわよ」

「夏だからな」


 そもそも、身の回りを蚊が飛んでいたとしても、今の僕には逃げる以外の選択肢がない。


「悪い虫ね」

「その言い方だと、別の意味もあるからやめろ」


 悪い虫が付かないように––––とかね。

 僕は例の如く、足をモゾモゾとさせ、慣れた足付きで靴を脱ぐ。


「私、今からお風呂に入るのだけれど、一緒に入ってくれると、手間が省けて楽だわ」

「自分で申し出たことを手間と言うな、手間と」


 などと言いつつも、お風呂に入りたいと思っていたのは、僕も同じなので素直に同意する。


「まあ、一人じゃどうせ入れないから入るけど、如宮きさみやはもう入ったのか?」

「さっき出たところみたい」

「なら、丁度いいか」


 お風呂場に向かうと、既にタオルやら着替えやらが準備してあった。

 まあ、いつものことだ。如宮きさみやの気遣いが、心に染みるね。


「僕は脱ぐのに時間がかかるから、先に入ってろよ」

「脱がせてあげるわよ」

「いや、いいって」

「はーい、バンザーイ」

「…………」

「ホラ、ママガヌガセテアゲマチュヨー」

「それを言えば、僕が素直になると教えたやつに心当たりはあるが、苫小牧とまこまい、まずは聞け! 僕はマザコンじゃないから、そんなことを言われても反応しないし、僕はこの歳になってまで母親に服を脱がされたりもしていない!」

「いいから、早く万歳して私を称えなさい」

「そっち⁉︎」


 なんて冗談みたいなやり取りの後、僕は素直に苫小牧とまこまいに上着を脱がせてもらった。自分で脱ごうとすると、一分くらいかかるしね。脱がしてもらう方が楽なのは確かだ。

 ふと、僕の背中に苫小牧とまこまいの視線を感じた。


「なんだ?」

「……上終かみはてくん、正直言わないでおこうと思ったのだけれど、もう言うわ」

「……何をだ?」


 苫小牧とまこまいは言う。

 淡々と。

 事実を告げる。

 僕だけが知らない。

 事実を。


「草壁さんは既に、超能力をコントロール出来るようになっているわ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る