君は言葉巧みに異才放つ美笑

001 『異才放つ美笑』

 如宮きさみや美咲みさきは僕の恩人である。それはこの栢山かやま学園に来る前も、来た後も変わらない。

 如宮きさみやがいたから僕は迷わずに済んだし、如宮きさみやがいたからくじけずに済んだ。

 悪趣味で、悪戯好きで、掴み所がない彼女なわけだけれども、僕はそんな所に救われたのかもしれない。


 料理上手だったり、散髪も上手だったり、話上手だったり、聞き上手だったりして、なんでも器用にこなし、なんでも出来る如宮きさみや

 気も使えて、常識人であり、博識でもある如宮きさみや

 母親のようで、姉のようで、友達のようでもある如宮きさみや

 僕の十八年間という、短くも長い人生において、家族以外でもっとも影響を受けた人物であり、最近の僕を形成した存在でもある。


 ––––だからこそ分からない。


 如宮きさみや美咲みさき

 上から読んでも下から読んでも、『きさみやみさき』となる回文少女が。

 なぜ。

 本当の姿を見せないのか。

 僕は。

 いや、おそらくこの学園の全ての人が。

 如宮きさみやの本当の姿を見たことがない。

 下手したら、男なのか女なのかも分からないし、年齢さえも分からない。

 如宮きさみやは僕と同い年だと言っていたし、名前から女性だとは推測出来るけれど、姿が見えない相手というのは、何をしたって怪しんでしまうものだ。

 姿がない。

 姿を掴めない。

 猫を被って。

 本性を隠す。

 何か理由があるのだと思う。

 それが何かは分からないし、如宮きさみやが言わないのなら、僕も追求したりはしない。

 誰しも、秘密にしたいことはあるし、隠しておきたいことはある。

 僕がトイレの水槽タンクの中にビニールを被せて大事に保管してあるお宝本のように(如宮きさみやに見つかった)。

 存在を誤魔化したいものはある(しかも捨てられた)。

 でも僕はやっぱり。

 如宮きさみやのことが気になる。

 僕は如宮きさみやのことが気になる。

 姿が見えない、顔も分からない、性別や年齢さえも不詳な如宮きさみやのことが。

 気になる。

 それはつまり。

 好きって意味で。

 LIKEではなく、LOVEという意味で。

 気になる。

 本当の意味で、僕は如宮きさみやの内面に惚れたと言えるかもしれない。

 外見が全く分からない相手に惚れてしまったのだ。

 それは、ネットとかの友達に惚れてしまう感覚に似ているかもしれない。

 メッセージをやり取りした事しかないけれど、その人柄に惚れてしまう––––みたいな。

 話していると楽しい––––みたいな。

 姿形は見えない相手ではあるものの、中身は見える。

 中身だけは見える。

 僕は如宮きさみやの内面に惹かれた。

 その証拠に、僕は如宮きさみやが仮に男だったり、おじいちゃんだったりしても、好きと言えてしまう。

 ボブは好きになった人が偶々男だっただけ––––と言っていたが、今ならその気持ちが分かる。


 僕は如宮きさみやが好きだ。


 だからそう伝えた次の日。

 如宮きさみやに告白した次の日。

 如宮きさみやが失踪したと知った時は。

 その理由をひたすら考えて、そして。


 僕は如宮きさみやのことをあまりにも、知らなかったという––––事実を知った。

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