008 『好きなもの』

「少し話が脱線してしまったけれど––––」


 苫小牧とまこまいはそんな感じで仕切り直し、話を元の軌道にのせる。


「他にもあるでしょ、好きなもの」

「サッカーとか?」

「お母さん」

「…………まあ、嫌いではないかな」


 母さんに改善して欲しいところは結構あるし、やめて欲しいこともある。

 でも僕は、母さんが好きだし、母さんが僕の母親で良かったと思ってるし、抱き付かれるのも実はそんなに嫌じゃない(母さんはかなりの頻度で抱き付いてくる)。

 その気持ちがマザコンだと言うのなら、僕はマザコンでいい。


「それと、もう一つあるわよね」

「虐められるのは好きじゃないぞ」

「違うわ」

「女装趣味とかは無いからな」

「それは初耳ね」


 余計な事を言ってしまった。要らない事を言ってしまった。いやこれは本当に無い、マジで無い。

 子供の頃に、そういう役をやったことがあるだけだ(クソ可愛いと評判だった)。


上終かみはてくん、好きよね」


 苫小牧とまこまいは僕を真っ直ぐに見据え、言う。


如宮きさみやさんのこと好きよね」

「……それは、えーと、どう言った意味で……」

「love」

「…………」


 逃げ道は即座に封鎖された。

 そういえば、草壁にも同じようなことを言われた。

 同じような事を訊かれた。

 はあ。

 まあ、バレちゃあしょうがないか……。


「……何で分かった」

「逆に何で分からないと思ったのよ」


 逆質問された。

 嘘だろ、そんなにも僕は分かりやすいやつだったのか?


「そもそも、上終かみはてくんは嘘を付くのが下手くそなのよ。質問をして、反応を見れば分かるのよ」


 それも草壁に言われた。

 演技が得意なんじゃなかったのか、上終かみはて和音。

 いや、演技じゃないのか。

 ––––素の反応だ。


「草壁さんともそのことで少し話をしたわ。草壁さんも分かってたみたいね」


 二人の盛り上がった会話ってのは、ソレか。

 もっと女子トーク的なものを僕は予想していたのだけれど、全然違った。

 いや、恋の話は限りなく女子トークだ。


「草壁さんは、上終かみはてくんが如宮きさみやさんのことが気になっているのを知りつつ、アプローチをかけていたそうよ」

「いや、草壁はお前が来たからって……」


 如宮きさみやは言っていた。

 草壁のあの一件は、苫小牧とまこまいがトリガーだと。


「私は上終かみはてくんにアプローチしてたけど、如宮きさみやさんはしてないもの。私と如宮きさみやさんとじゃ、脅威度が違ったのだと思うわ」


 その通り。

 苫小牧とまこまいはその頃から、僕に下手くそなアプローチを始めた。

 あのお風呂の一件も、お礼の気持ちがあったとは言え、それだったのだろう。


「……お前は、いつ気付いたんだよ」

「最初の上終かみはてくんと如宮きさみやさんのやり取りを見た時に気が付いたわ。上終かみはてくんは如宮きさみやさんのことが好きだって、ね」


 苫小牧とまこまいは。

 最初から僕に訊いていた。

 付き合ってるの? と。

 あの時は、元々一緒に住んでいたのを知って、如宮きさみやが僕の母親の姿になったのを見て––––綺麗な女性の姿を見て(流石に自分の母親をそう表現するのに抵抗はあるが、客観的に見たら多分そうなる)、そう訊いてきたのだと思っていた。


「っていうか、それだけで分かるわけないだろ、嘘を付くな、嘘を」


 あの時の僕と如宮きさみやのやり取りを思い出す。

 いや、そんなはずはない。

 苫小牧とまこまいが『付き合っているの?』と訊いてくるまで、僕は如宮きさみやと会話を一切していないのだ。

 あり得ない。

 そんな考えを苫小牧とまこまいは読み取ったのか、


「恋愛経験に乏しい私が、と言い直せば納得するかしら?」


 素の反応。

 ふとした時に見せる反応。

 僕は多分、自分の認識していない所で、そういう反応を如宮きさみやに対してしていたのだろう。

 僕の一人称では、認識し切れていない反応を、苫小牧とまこまいは感じ取ったのだろう。

 人はあくまで、一人称だ。


「なら、お前は––––僕が如宮きさみやを好きだと分かった上で、僕のことを好きになったのか」

「そうよ」


 ノータイムな即答だった。


「さっきも言ったけど、草壁さんもソレを知った上で、上終かみはてくんの事を好きになったそうよ」


 絶対に振り向かせて見せるっていう気持ちでアタックしてたそうよ、と草壁が苫小牧とまこまいに話したと思われる内容を言う。


「好きな人に好きな人が居ても関係ないだなんて––––本当に恋する乙女ね、草壁さんは」

「お前だって、そうじゃないか」

「そうね、私は鬼メンタルで有名だもの」


 銀盤の女王は鬼メンタル。

 それは、世界的に有名な話だった。

 だが、分からない。


「何故、それを今になって言うんだ? 苫小牧とまこまいも草壁も、前からそのことに気が付いてたんだろ?」

「そうね」

「何故今更、そんなことを訊くんだ?」

「そんなに好きなら、さっさと告ってきなさいって言ってるのよ」


 もう呆れ半分のような口調だった。


「まさか、如宮きさみやさんがどう思ってるか分からないからビビってるとか、今の関係性を壊したくないからとか、そういう理由で告白しないと言わないわよね?」

「…………」


 それはある。

 草壁に説教臭いことを言っておいて、自分もそれだ。

 自己嫌悪。

 自分が嫌い。

 あれは、僕の事だ。


「それともこの期に及んで、好きでも別に告白しなきゃダメな理由はないとか吐かすようなら、私は上終かみはてくんを軽蔑するわ」


 強い言葉だった。

 会話の内容は要領を得ないし、言ってることは無茶苦茶。

 文法もデタラメ。

 でも。

 苫小牧とまこまいの言っていることは正しい。


「逃げるな、って言ってるの」

「……」

「私の好きな男がカッコ悪いことしてるのを、これ以上見たくないの」


 殺し文句だった。

 なんでコイツはこんなにもカッコいいセリフをスラスラと言えるのだろうか?

 僕が女の子だったら、好きになってるぞ。

 いや、もう好きだ。

 Like的な意味で。

 だけど、僕が好きなのは––––


「分かったよ、苫小牧とまこまい

「そう」

「僕は如宮きさみやに告白するよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る