007 『十八歳になったら買ってもいいんだぜ』

 デートから戻った僕は、真っ先に如宮きさみやの元を訪れようと思ったのだけれど、先になんとなく苫小牧とまこまいの意見も聞いておこうと思い、苫小牧とまこまいのいそうな所––––具体的には、ジムかスケートリンクを探して(こういう時、苫小牧とまこまいがスマホを持ってないのが残念だ)、スケートリンクにいる苫小牧とまこまいを発見した。


「よっ」

「あら、デート帰り早々私に会いに来るなんて、いい神経をしてるわね」

「知ってたのかよ」

「昨日、草壁さんに聞いたわ」


 話してたのかよ。

 まあ––––秘密にする理由もないしな。

 というか、昨日も会ってたのかよ、仲良いな、おい。

 むしろ苫小牧とまこまいが僕の代わりに草壁を外に連れ出せよって感じだ。

 ……いや、そしたらジムかスケートリンクにしか行けない気がするな。

 この案は却下だな。


「で、今日は何かしら?」

「ああ、それな––––」


 僕は草壁と話した如宮きさみやの話を、苫小牧とまこまいにもしてあげた。


「確かに、そう言われると疑問ね」


 苫小牧とまこまいも僕と同じような反応だった。

 でもコイツの場合は、そういうのどうでも良さそうに思ってたりもしそうだ。

 あんまりアテにならない。


苫小牧とまこまいはしばらく一緒に住んでたんだろ?」

「それを言うなら、上終かみはてくんだって一緒に住んでたんだし、私なんかより、付き合いは長いじゃない」

「いやまあ、確かにそうなんだけどさ、お前の意見も聞いておきたい」


 自分の判断だけを信用するのは良くない事を、僕は草壁の一件から学んでいる。

 今回も、一番近くで一番親しい僕が、何も分かっていなかった––––という可能性も大いにあり得るからな。

 予防線ってわけだ。


「まあ、いい人よね。話しやすいし、何でも起用にこなせて」

「確かにな」


 如宮きさみやはコミュ力が高い。

 そして、手際というか、要領がいい。

 洞察力も高いし、思考力や、判断もいい。

 記憶力や知識を上手く組み合わせて、答えを導く能力がずば抜けて高い。

 もしも学園で事件が起こる、学園ミステリーものなら、如宮きさみやは探偵役だ。

 僕はそうだな、語り部がいいかな。

 探偵が主人公の話も好きだけど、やっぱり読者目線としては、そういう役回りから事件を見た方がいいと個人的には思う。

 閑話休題かんわきゅうだい


上終かみはてくんって、如宮きさみやさんに助けられたんでしょ?」


 私と草壁さんが上終かみはてくんに救われたように、と苫小牧とまこまいは付け加えた。


「まあ、そうだな、そうなるな」

「大体の事情は、あの時に聞いたから分かるけど、上終かみはてくんは精神的に自己嫌悪に落ち入ってたのよね?」

「ああ、僕は犯罪行為を犯したら、自首するんじゃなくて、自殺するタイプだからな」


 それほどまでに、僕は悪いことが出来ない。

 その判断基準は世間的にではなく、自分がどう思うかなのも、一つの違いと言えよう。


「あの時、上終かみはてくんは自分の誤ちを例に上げて、私を説得しようとしたけど、そもそも私は既に超能力を使って、ズルしてオリンピック出場を決めちゃってたのよね」


 そうだ。

 苫小牧とまこまいが選手権で歴代最高得点で優勝し、オリンピック出場を決めたのは、あの四回転アクセルだ。


「だから、今更の話になるけど、私は超能力を使ってズルをしたことによる罪悪感とか……、多分無いとまでは言わないけれど、上終かみはてくんほどじゃないわ」


 上終かみはてくんは悪いことが出来な過ぎるのよ、と苫小牧とまこまいは言う。

 大会が終わってからのあの感覚は、今思い返しても吐き気がする。

 お前のおかげだとか、お前は凄いやつだ、とか。

 そういう言葉をかけられる度に僕は死にたくなった。

 生きたいという欲求があるように。

 死にたいという欲求もある。

 デストルドーとか、タナトスとか。

 精神分析用語でそんな単語を使う欲求だったかな。

 うろ覚えだ。


 前も言ったけれど、超能力が関わる事によって死者が出るのは、"代償"だけが理由ではない。

 事故だったり、自殺だったり。

 あらゆるケースが存在する。

 そして、僕の場合は自殺に該当するケースだった。

 重い話だが、死のうと思っていた。


 そんなことで……と思うかもしれないが、世の中には恋人に振られたくらいで自殺を図る人もいるのだから、死にたい理由も千差万別、様々と言えよう。

 人それぞれ、人それぞれの価値観。

 僕は僕の価値観で、死のうと思った。


 そんな時、僕は一匹の猫と出会った。

 くるんと反った耳に、青い目が特徴的な白猫。

 喋る猫。

 如宮きさみや美咲みさき

 僕は如宮きさみやに救われた。

 僕は如宮きさみやに助けられた。

 自殺は罪だにゃ。

 自分で自分を殺すのだから、それは殺人だにゃ。

 そんな一言で、僕は救われた。


「あの時、僕をスカウトしにきたのが如宮きさみやで本当に良かったと思ってるよ」


 苫小牧とまこまいは「その気持ちは分からなくもないわ」と頷いた。


「私は、私をスカウトしに来たのが、上終かみはてくんで本当に良かったと思ってるわ」

「お前のその、本人を目の前にしてストレートにモノを正直に言えるところ、素直に凄いと思うよ」


 僕は言えない。

 如宮きさみやに向かって、先程のセリフを言うことは出来ない。

 もちろん、お礼はしたし感謝もした。

 それは言葉にしたけれど、出来てない事もある。

 そして苫小牧とまこまいは、ソレを分かっていた。


「じゃあ、上終かみはてくんもそろそろ自分に正直になるべきよ」

「僕はいつだって自分に正直だぞ、苫小牧とまこまい

「おっぱい、好きなんでしょ?」

「いや、そうやって決め付け––––」

「トイレタンク、巨乳フォルダ」


 苫小牧とまこまいは僕の言い訳を遮り、如宮きさみやから聞いたと思われる情報を、知っているぞ––––とばかりに言う。


「まあ、言い訳したいならしてもいいし、上終かみはてくんがあたふたしている様子は面白いからしてもいいけど、流石に見苦しいわ」

「……そ、そうだよ、おっぱい好きなんだよ! 悪いか!」


 僕はもう開き直った。

 もう知らん、僕はおっぱいが好きなおっぱい星人でいいですよーだっ。


「ねえ、少しだけ話は変わるのだけれど、一つ質問があるわ」

「なんだ?」

上終かみはてくん的には、エッチな本を買うのは悪いことじゃないのかしら?」

「何言ってんだ、苫小牧とまこまい


 十八歳になったら、エッチな本を買ってもいいんだぜ。

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