018 『悪趣味な美咲』

  エピローグ的な事後報告。


 君が欲しいというのは、そういう意味ではあったものの、別の意味もあった。

 如宮きさみやはどこからか、結婚届を取り出して(なんで持ってる)、自分の氏名を書くと、僕に突き出してきた。


「書けというのか」

「書けというのだ」


 書いた。

 十八歳は結婚の出来る年齢だった。

 いやもちろん親の許可とか、お金の話しとか……まあ、お金はいっぱいあるんだけどさ。子役時代の貯金的な意味で(車のお金はそこから出した)。

 結婚という名前の契約を結ぶに当たる障害は多い。

 だけど、まだ早いとか、そういう考えは無かった。若いからなのか、浮かれているのかは知らないが、書けと言われたら書いてしまった。

 まあ、書くだけなら結婚にならないし、離婚届も書いただけじゃ離婚にならないしね。

 役所に出さないとね。

 如宮きさみやは出す気満々みたいだけど、それはまだ先の話だろう––––多分。


「というわけで、私は今日から君の母親と同じ名前になった」


 如宮きさみや美咲から、上終かみはて美咲へ。

 うん、僕の母親の名前だね。同姓同名だ。

 いやまだ結婚届け出してないから、如宮きさみやだけどね?

 だけど、気分は上終かみはて気分らしい。

 苫小牧とまこまいと草壁に、『初めまして、上終かみはて美咲です』と名乗りながら、結婚届を見せた時の顔はヤバかった。

 まあ二人は、如宮きさみやのあまりの美貌に驚愕して、それどころじゃなかったみたいだけど。

 レベチだ。

 どのくらいレベチかというと、僕の母さんよりも綺麗だと言えば、充分伝わると思う。

 でも、髪は切った方がいいね。床に付くくらいの長さは、流石に長過ぎだ。

 風呂が長いのも納得だよ。

 洗うのも乾かすのも時間かかるだろうし、ブラッシングなんてもっと大変だろうし。


「いや、そんなことをやる必要はない」


 やってないらしい。

 単純にお風呂が好きなだけらしい。なのに、一切絡みもせずにムカつくくらいツヤツヤなんだよなぁ。

 上位の存在、最適化されている。

 そういうケアみたいな事も必要ないらしい。

 羨ましくないと言えば嘘になる。でも、人が人を羨むのは当然のことだ。

 髪の毛多いの羨ましい! ってね。


「で、今さらになるけど、私と草壁さんは振られちゃったわけね」


 後日、苫小牧とまこまいはそんな風にことの顛末をまとめた(この役割って毎回、如宮きさみやだと思ってた)。

 と思っていたのだけれど。

 苫小牧とまこまいの頭から、ぴょこんと猫耳が生えた。


「……何で?」

「そんなの、私が君の大好きな彼女、上終かみはて美咲だからに決まってるでしょう? そんなことも分からないのかしら?」

「え、でも標準語は?」

「今時、『かしら』なんて喋る人いないでしょ」


 確かに!

 いないわ、確かに!

 これも認識変化か!


真彩まあにゃは、おばあちゃんがこういう喋り方をする人だったそうよ」

「なるほど、それを真似たからああいう喋り方になったのか」


 如宮きさみやがナデシコさんのリヴァプール訛りを覚えたように、苫小牧とまこまいはおばあちゃんの『かしら』を覚えたということか。


真彩まあにゃは今まで人付き合いが無かったから、変に思うことも思われることもなかったのでしょうね」

「そういえば、うちのおばあちゃんもそんな感じの喋り方するな」


 だから僕も違和感が無かったのか。

 草壁も同様だ。アイツも人付き合いがなさ過ぎるので、気が付かなかったのだろう。


「なあ、訊きたいことあるんだけどさ」

「何かしら?」

「元々、僕をスカウトしに来る人って、ナデシコさんの予定だったんだろ?」

「そうね」

「なんで志願したの?」

「ファンだったのよ」

「へっ?」

「ほら、あのゾンビの映画、あれアメリカでもやってたのよ。それで上終かみはてくんのことは知ってたわけ」

「それで、興味持って来たってこと?」

「まあ、端的に言えばそうなるわ」


 なんか、ミーハーはやつだった。


「もう一つ質問」

「どうぞ」

「いつどうやってお前は、自分のテロメアが再生し続けると知ったんだ? ナデシコさんの話だと、生後七か月くらいで研究所から連れ出されたんだろ?」

「そんなの簡単よ、その頃から知ってたのよ」

「……はい?」

「私は生後七か月の時点で、物心がついていたの。言葉も認識出来たし、会話の内容も分かったわ。だから、周囲の話し声から大体の予想はついてたわ」


 最適化されている。それは、成長という意味でもか。おそらく、如宮きさみやは脳の成長も早かったんだ。


「まあ、その頃は声が上手く出せなかったから喋れなかったけどね」


 ナデシコさんは言っていた。

 一歳八か月の段階で言語によるコミュニケーションが可能だった、と。

 多分それは、日常会話が可能というレベルでだったんだ。

 一歳八か月と言ったら、まだ単語を覚え始めたばかりのはずだ。

 普通に考えて、会話は難しいはずだ。


「もう一つ質問」

「多いわね」


 僕は如宮きさみやを無視して、尋ねる。


「草壁は如宮きさみやが本当の姿を見せないことを疑問に思っていた。これはどういうことだ? 疑問に思わないように認識を変えたんじゃなかったのか?」

「私の認識変化はあくまで、対象––––つまり、世界から私がどう見えるかではなく、私を見ている人が、私のことをどう見えるかを操る超能力なの」

「つまり?」

「多分、草壁さんにはかけ忘れてるわね」


 うっかり如宮きさみやさんだった。


「今回の件、悪かったと思ってるわ」

「まあ、別に誰も困ってないしいいんじゃないの?」

「そう言って、誰にでも甘いのね、ダーリンは」

「ダーリン⁉︎」

「ダーリン、好きだっちゃ」

「それは、それは……なんか違う!」

「ダーリン、凛子から送られてきた動画は早く消すっちゃ」

「何で知ってる⁉︎」


 確かに送られてきた。

 水着を着て、ラジオ体操第二を踊っている健康的な動画が。


「そもそも、胸の大きさなら私も変わらないと思うのだけれど」

「柔らかさが違う」

「はい?」

「草壁の方が柔らかい」


 如宮きさみやはなんて言うか、ハリがあるタイプなんだよな。

 見栄えは如宮きさみやの方がいいけど、感触は草壁の方が上だ。


上終かみはてくんは私のことが好きなのよね」

「まあな」

「どうして、他の女の胸の話をそうサラッとするの?」


 やばい、ちょー怒ってる。

 でも大丈夫、ちゃんと言い訳……じゃなくて、理由はある。


「いや、如宮きさみやだって悪いんだぞ、なんでそうやって苫小牧とまこまいの姿でいるんだよ、あの綺麗な如宮きさみやを見せてくれよ」

「え、嫌よ」

「何でだよ、僕は如宮きさみやのおっぱいが見たい」

「それすごく最低なセリフを言ってるって自覚した方がいいわよ」

如宮きさみやがおっぱいを見せてくれないから、僕は草壁のを見てるんだよ、本当は如宮きさみやのが見たいんだよ」

「彼女だからって、自由におっぱいを見れると思ったら大間違いよ」

「いや、服の上からでいいよ!」

「服の上からもよ」

「それ厳し過ぎない⁉︎」

「というか、私いま全裸なのよ」

「はあ⁉︎」

「良いわね、全裸って。楽だわ」

「ちょ、おま、ふざけんなよ!」

上終かみはてくんだって、よく全裸でその辺ウロチョロしてたじゃない、仕返しよ」


 こいつ! 自身の超能力を利用して、裸族デビューしやがった!


「私の身体に見せても恥ずかしい場所は無いもの」

「うわ、なんだこれ、自分で言ったことのあるセリフで揚げ足を取られた!」

「ちなみに私は五十年後も同じことを言える」

「はあ⁉︎ 僕だって言ってやるよ!」


 如宮きさみやはにぃっと悪戯っぽく笑い、視線を僕の生え際に向けた。

 知っている。この顔は、如宮きさみやが悪巧みをした時の顔だ。


「やめろ」

「なるほど、なるほど、裸ね」

「やめてくれ」

上終かみはてくんは、頭皮が裸って感じなのね」

「すいませんでした!」

「頭皮を見せても恥ずかしくないから、髪の毛の部分が裸になっちゃったのね」

「悪かったって言ったろ⁉︎」


 謝ったのに、追撃をかけられた。


「まあ、これからは私のダーリンとして、ちゃんとしてもらうわよ」

「具体的には?」

「エッチな本や、他の人のおっぱいを凝視するのは禁止」

「ぐっ……」

「あと、待ち受け画面を変えること」

「はあ? なんでだよ?」

「普通、自分の母親をスマホの待ち受け画面になんか設定しないわよ、このマザコン」

「……ち、違う、これは家族写真みたいなもので、ほら、僕はこうやって家から離れた場所に住んでるから、ちょっと寂しいっていうか、思い出しちゃうっていうか、ホームシック? みたいな?」

「『お母さんが抱っこしている猫が可愛いから』––––みたいな感じで言い訳をすれば許してあげたのに」

「しまった!」


 墓穴を掘ってしまった。ちなみにその写真は、僕の母親が家の猫を抱っこしながらミュージカルをしちゃってる写真である。

 そうだ、母親で思い出したことがある。


如宮きさみや、僕はお前に一つだけ言っておかなければならないことがある」

「なにかしら? 元カノの話なら聞かないわよ」

「全然違う」

「じゃあ、何よ」

如宮きさみやの誕生日ってさ、七月二十一日だよな」

「そして、私達が付き合った記念日でもあり、結婚記念日でもあるわね」


 結婚記念日は置いておくにしても、この日は別の記念日でもある。

 それは、


「その日、僕の母さんも誕生日なんだ」

「………………マザコン」

「いや、なんでだよ⁉︎」

「うるさい、このマザコン! なんだいそれは! 私の誕生日と付き合った記念日と結婚記念日が君の母親の誕生日と同じだなんて、ふざけるのもいいかげんにしろ!」

如宮きさみや、標準語! 標準語出てる! おっぱい見えてる! いや、髪で隠れてるけど、おっぱい見えてる!」


 まさに、髪隠しだ!


「この、ハゲ! 頭皮が後退してる、ハゲ!」

「違うな、頭皮が後退してるんじゃない、僕が前進してるんだ!」

「上手いこと言ってるんじゃない!」


 そう言って声を荒げる如宮きさみや。ついでに胸も荒ぶるように揺れていた。眼福、眼福。


「もう頭にきた、今から君の姿になって、女装して猫耳を付けて、校内を逆立ちで歩いてきてやる」

「おい!」

「許して欲しかったら、私のことは美咲と呼べ、和音」


 急に名前を呼ばれ、ドキっとしてしまった。

 ……まあ、呼ばない理由はないよな……彼女なんだし。苗字一緒なんだし。


「……み、美咲」


 そう呼んだ直後、如宮きさみやは悪戯っぽく笑った。


「ママのことを名前で呼ぶなんて、わっくんは本当にママのことが大好きなんでちゅね〜」

「赤ちゃん言葉だと⁉︎」


 如宮きさみやは一瞬にして僕の母親に姿を変え、おまけに猫耳まで生やしやがった。

 やっぱり如宮きさみやは悪趣味なやつだ!


 とまあ、こんな感じで如宮きさみやとのお付き合いが始まったわけだけれども、永久の時を生きる如宮きさみやと、時間に限りがある僕の物語は、やがて終焉を迎えることは確定している。

 ネガティブなことを言うなら、別れるかもしれないし。未来のことは誰にも分からない。


 ––––でも、まあ。

 まだまだ時間はたっぷりとあるので、十分に楽しい時を過ごせそうだ。



(終わり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

代償能力 赤眼鏡の小説家先生 @ero_shosetukasensei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ