017 『ハッピバースデー』

 僕は思わず笑ってしまった。

 こいつは、とんでもないバカだ。バカサキだ。

 苫小牧とまこまいと草壁と仲良くしている僕を見て嫉妬して、超能力を使った? この感情が偽物だと?

 はっ、言ってくれるね。


如宮きさみや、一つだけ問いたい」

「何だ?」

「その認識変化をかけたのはいつだ?」

「君が苫小牧とまこまいを助けた時だ。あれほどの美人で、世界的に知名度のある女王様に好かれたのを見て、それがトリガーとなった」

「そうか」


 僕はニヤリと笑う。やはりな。そうだと思った。


「……何がおかしい」

「なんで僕が、という思考に至らなかったんだ、如宮きさみや?」


 如宮きさみやは確かこう言った。

 苫小牧とまこまいや草壁と仲良くする僕を見て––––と。

苫小牧とまこまいは、最初から僕が如宮きさみやのことを好きだと気が付いていた。

 それは、紛れもない事実であり、この気持ちは本物だ。


「僕がこの学校に来たのはな、お前に惚れたからなんだぜ、如宮きさみや!」

「は……?」


 如宮きさみやはポカンと情けない声を出した。


「僕はお前が超能力を使う前から、お前のことが好きだったって言ってるんだ!」

「いや、それは……」

「お前は僕のことを助けてくれた、僕に親身にしてくれた、優しくしてくれた、立ち直させてくれた、僕はあの日生まれ変わったんだ、お前からもう一度産まれたんだよ、如宮きさみや! そういう意味じゃ、お前も僕の母親だ! お前のことが好きな僕のことをマザコンと呼びたければ、好きに呼べばいい! 僕はお前のことをママって呼んでやる!」

「は、あえ……?」


 再び情けない声を出す如宮きさみや

 饒舌じょうぜつで凛とした如宮きさみやはどこに行ったんだ。ったく。


「で、でも、私に素っ気なかったし、裸とか普通に見せてくるから、女性として意識されてないと思ったし、えっ、好きだったの?」

「それはなんて言うか、ほら……照れ隠しというか、素直になれなかったというか……」


 苫小牧とまこまいにそのことを初めて訊かれた時、僕は誤魔化した。

 恥ずかしくて誤魔化した。

 だけど、今は違う。

 今の僕は正直に言う。

 ドストレート。

 直球勝負。


「僕は如宮きさみやが好きだ」

「……あ、私も、好き」

「じゃあ、今日から恋人同士だからな」

「え、あ、うん……」


 とは言っても、如宮きさみやは「でも……」とゴネ始める。


「私、人間じゃないかもしれないんだぞ……」

「何言ってんだよ、如宮きさみや


 僕は言う。

 姿が分からなくて、年齢も性別も分からない相手を好きになった理由を。


「僕はお前の人間性に惚れたんだぜ」

「…………」


 肩にポトリと。

 冷たい雫が垂れた。

 僕の身体を抱きしめる力が、より一層強くなる。


「なんで……なんで君は、そんなに素敵なセリフが、次々に飛び出してくるんだ……」

「役者は素敵なセリフを言い慣れてるんだよ」

「嘘つけ、いつも大体ゾンビに追われてるか、女装ヒロインだった癖に」

「女装ヒロインは余計だ」


 それは、マジで余計だ。今でもネットで検索しても、その画像ばっか出てくる。

 黒歴史というより、闇歴史だ。


「それと、如宮きさみや––––」


 僕は首を横に向けて時計を見る。

 十二時ジャスト。

 役者が違うと言わせてもらおうか。


「ハッピーバースデー」

「……十二時ジャストに、直で言うとはな。時間の使い方が上手いな」

「欲しいものとか、あったら言えよ」

「待て、時間の使い方が上手いはスルーか」


 スルーだ。今まで散々からわかれ、意地悪された仕返しだ。


「ほら、なんでもやるから、早く言え」


 如宮きさみやは不満を表すように、僕の首筋を甘噛みした。吸血鬼か。


「痛い」

「知らないのか、猫は交尾をする時首筋を噛むんだぞ」

「オスがな」


 如宮きさみやは再び笑った。

 前から思っていたが、如宮きさみやはよく笑うやつだ。

 ––––美咲か。

 咲という文字は、古語において、『む』という使われ方をされていた。

 意味は、『笑う』。

 美しい笑み。

 良い名前じゃねーか。


「で、欲しいものはそろそろ決まったか?」

「じゃあ––––」


 如宮きさみやはゆっくりと、その願望を口にした。


「君が欲しい」

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