03.動き始めた物語

 病に効くという貴重な薬草。

 砕かれて粉々になった鉱物。

 ミイラのように干からびた生き物の体。

 石造りの地下室には、怪しげなくすりびんといわく付きの品々が、所狭しと並んでいた。


 いくつものランタンが、揺らめく光で床を照らす。


 いかにも魔道士の研究室と言った風情の室内には、似つかわしくない軍服の男が立っていた。

 陰鬱に絡まる暗灰色の髪をかき上げ、冷酷そうな瞳が足元を見つめる。

 石畳に転がるローブ姿の老人を軍靴で踏みつけると、老人は血に汚れた白い髭を揺らし、うめき声をあげた。


「森の大賢者とも謳われた男が、このような惨めな姿を晒すとは口ほどにもない。どうした? 何故、抵抗しない?」


「ゴホッ、ゴホッ……」


 賢者は苦しげに身をよじる。しかし、縛り上げられた体は堅い靴底から逃れることはできなかった。

 上階へと続く扉が開き、軽装の甲冑をまとった帝国兵が現れる。

 帝国兵は素早く軍服姿の男へと駆け寄ると、直立して足を揃えた。


「ザント様、館をくま無く調べましたが、手掛かりになりそうなものは見つかりません」


「……そうか」


 ザントは森の賢者のかたわらにかがみ込み、白髪を握って無理矢理に頭を持ち上げる。

 幾束かの髪がちぎれ、賢者はまた一つ、うめき声をあげた。


「賢者よ、どこだ? クリスタルシードはどこにある? 我らの皇帝陛下がご所望なのだ」


「……何のことじゃ」


「古代王国セレスティアの民は、クリスタルシードに魔法の叡智を封じ込めたと聞く」


「さぁ……そんなものは知らん」


 震える声で、賢者は答える。

 ザントの瞳に凶暴な光が宿った。

 賢者の髪を掴んでいた手を離し、ザントは立ち上がる。


「賢者は……古代の魔法を復活させる鍵……。いや、その在処ありかを知っている。違うか?」


「それを使って、何をするつもりじゃ?」


 床から見上げる賢者に向けて、男はニヤリと笑ってみせた。


「知れたこと。破壊と……創造だ」


「ふ……ふはははっ……。愚かな。また同じ過ちを繰り返そうと言うのか」


 哄笑こうしょうだった。

 縛られ、床に転がされた老人が、自らを見下ろす屈強な軍人を笑い飛ばしていた。

 剣のつかに手をかけたザントは、鋭い目で賢者をめつけた。


「年寄りの戯言に付き合っている暇はないのだ。クリスタルシードはどこにある? 言え」


「……すべては神の思し召し。それがお前達に理解出来ようか」


 ザントが鯉口を切り、剣がひらめく。

 白銀しろがねの刃は石畳に突き刺さり、賢者の頬に浅い傷をつけた。


「フン、言わぬのなら貴様に用はない。我らの計画を邪魔するものは、すべて排除しろとのご命令だ」


 剣を床から抜き、ザントはもう賢者への興味を失ったように背を向ける。

 そのままゆっくりと剣を鞘へと収めると、彼は歩き始めた。


「………殺れ」


 薄っすらと笑みすら浮かべ、まるで簡単な用事を言いつけるような調子で、ザントはその命令を口にする。

 帝国兵が即座に返事を返し、甲冑が床を踏み鳴らす音と、銃撃じゅうげきの音が地下室に響いた。

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