29.プリーシード
王都ミュライン。
談笑しながら、三人は裏庭へと続く階段を降りる。
そこには、辺りの景色にそぐわない武骨な練兵場が広がっていた。
とはいえ、これだけの大国。巨大なコロシアムを持つ国の軍が使うにはあまりにも狭い。
黙ったまま先を進むヴィンセント、何くれとなく話しかけてくれるジークの後を歩きながら、アリアは疑問を口にした。
「ねぇ、ユーリがあなたたちのことをプリーシードと呼んでいたけど、それは……?」
ジークは壁を這うツタから咲く花を一輪つみ、鼻歌を歌いながら香りを楽しむ。
歩みを止めぬまま振り返ると、「プリーシードっつうのはな」と話し始めた。
「まぁ王直属の特殊部隊だ。とはいえ近衛兵団や騎士団ともちょっとまた違って、ユーリ陛下の意思である、セレスティア王国や古代魔法を復活させるために動いている」
特殊部隊という単語と、それを語るジークの雰囲気の差に、アリアは「ふぅん」と
腑に落ちていない彼女の反応に、ジークは肩をゆすって笑った。
「その部隊のボスがヴィンセントって訳だ」
アリアは、言葉少なな青年の、背筋の伸びた後ろ姿へ視線を向ける。
特殊部隊という単語に、これ以上ないというほどぴったりと納まったヴィンセントに、彼女は「なるほど」と大きくうなずいた。
ジークは今まで以上に大きく笑い、アリアもつられて笑顔になる。
和やかな雰囲気の中、ヴィンセントの向こうから軽やかな足音が近づいた。
「ああっ、いたいたぁ!」
はつらつとした声。きれいに編み込まれた栗色の髪。
大柄なジークの陰からひょいっと顔を出したのは、早春の若葉のような瞳が印象的な、アリアより少し年上の女性だった。
「あなたがアリアね」
「え、ええ」
突然名前を呼ばれ、アリアは身構える。
それでも、ジークの笑顔が相変わらずそこにあることで、安心してこの新しい状況を受け入れることができた。
「兄さんから聞いてるわ」
「兄さん?」
「エリアス・オースティン。あたしの兄さんなの。兄さん、とってもいい男でしょ?」
エリアスの穏やかな顔を思い浮かべ、アリアは納得半分、社交辞令半分でうなずこうとする。
「――でも、だめよ! 兄さんは誰にもあげないからっ!」
エリアスの妹は、有無を言わせずに人差し指をアリアの顔の前に立て、念を押すように言い切った。
アリアは驚いて彼女を見る。
強めの言葉とは裏腹に、その女性の顔は穏やかだった。
つまりはそういうことだ。冗談半分とまでは言わないが、まぁ単なるいつもの挨拶程度のものなのだろう。
そう理解して、アリアも笑い返した。
「ふふ、仲がいいのね」
この挨拶への反応が、相手を計るものさしなのだろう。
アリアの返事に満足した様子の女性は、
エリアスの妹と言うことは、それなりの名家の出のはずだが、彼女の笑った顔は、とても親しみやすいものだった。
「あ、ごめん! 自己紹介がまだだったね。あたし、リネット! プリーシードのメンバーで、普段は宮廷医師なんだ」
腕に巻かれた紋章を誇らしげに指差す。
ヴィンセントやジークの袖にも見えたその紋章は、どうやらプリ―シードの部隊章であるようだった。
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