30.プリーシード(Ⅱ)

「あたし達、歳も近いみたいだし、仲良くしようね!」


 思いもかけず優雅な仕草で、リネットは右手を胸に当て、軽く膝を曲げる。

 あわててアリアも同じように挨拶を返した。


「よろしく。リネット」


 お互いに笑顔を交わしたところで、リネットはもう一度アリアを眺める。

 すね当てから腰の剣、胸当て、そして貴金属のような美しい髪が縁取る細い顔へ。

 最後に目が合ったところで、リネットは率直な疑問をぶつけた。


「えっと、何も覚えてないんだっけ?」


 アリア自身はまったく気にしていないとはいえ、そのあまりに真っ直ぐな質問に、ヴィンセントの眉がわずかに動いた。

 おどろいた表情のアリアをフォローしようと、ジークが口を開きかける。

 しかし、アリアの表情はすぐに困ったような笑顔に変わった。


「そうなの……迷惑をかけしてしまうかもしれないけど――」


「あー、いいのいいの! 大丈夫! 今から素敵な思い出をいっぱい作ればいいんだから」


 リネットに他意はない。

 宮廷医師としての問診、プリーシードの仲間としての心配がそう言わせただけだ。

 それでも、自らの質問がぶしつけなものだったと気づき、彼女はあわてて顔の前で両手を振った。


「……うん! ありがとう」


 アリアにも、リネットの心配する気持ちはよく分かっている。

 感謝の言葉を告げ、お互いの気遣いをわかり合い、もう一度笑顔を交わした。


「アリアが来てくれて嬉しいね! ヴィンセント様!」


「あー、そうだなー」


 年の近い仲間ができたことを、リネットは素直に言葉に出して喜んでいる。

 振り向きざまに話を振られたヴィンセントは、興味なさげにそう返し、すぐに話題を変えた。


「ところで……アシュリーはどこにいる?」


「さっき、薬を取りに行った時に声をかけたんだけど……なんか大事な実験中でしばらく手が離せないって」


 細いあごに指を添え、リネットが答える。

 『実験中』という言葉を聞いて、ヴィンセントの表情は曇った。

 アシュリー・モラレスは、プリーシードに所属する魔道士である。

 レテ村には、クリスタルシードがある可能性が高いのだ。

 ことこの任務に限っては、どうしても魔道士の助けが必要だった。


「今回は、あいつにも来てもらわないと困るんだ」


「はは、実験中のアシュリーを引っ張り出すのは簡単じゃねぇもんなぁ」


 リネットは「ありゃー」と頭をかき、困り顔のヴィンセントを見たジークは笑う。

 笑いながら、あたりに目を向けたジークは、お目当ての女性の姿もないことに気づいた。


「そういや、エレンの姿も見当たらねぇが?」


「エレンはすでにレテ村に向かったらしい。現地で合流する」


「そうなのか。んじゃ、俺はアシュリーを呼んで来るかな」


「ああ、頼む」


 ユーリ、エリアス、ヴィンセント、ジーク、リネット、そして、アシュリーとエレン。

 アリアは、ここ半日で覚えた何人もの名前を頭の中に並べ直し、一生懸命名前と顔の紐付けをしていた。


 そんなアリアを見て、ジークがなにか思いついたように口角を上げる。

 名前だけ出されて顔を見ないより、実際に会ったほうが仲間の名前も覚えやすいだろう。

 それに、初めてアシュリーを見た時の反応を見るのは、なかなか見ものであることが多いので、できれば特等席で見ていたいというのもあった。

 そこで、ジークはアリアの肩に、後ろから両手を乗せた。


「せっかくだから、嬢ちゃんも行くか?」


「わたしも?」


 特殊部隊の魔道士を呼びに行く。

 顔合わせも終わっていないアリアが、その任務を請け負う利点は、ほとんど思い浮かばなかった。

 思わず「なぜ?」という表情で、ジークの無精髭を見上げる。

 ジークは「はっは」と声を上げて笑いながら、すでにアリアを連れて、魔道士の部屋へ向かって歩き始めていた。


「新顔でも見れば、あいつも重い腰を上げてくれんだろ」


 少なくとも、『実験』の被験者として「もうやめてくれ」と涙目になって逃げ出すまで調べつくされたジークよりはまだ、興味を引くはずだ。

 いざとなったらお嬢ちゃんには悪いが、身代わりになってもらおう。

 そんな悪い事も考え、ジークは足取り重く、魔道研究室への回廊を進むのだった。

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