31.小さな魔女

「悪ぃな、嬢ちゃん。ついて来てもらっちまって」


 どこもかしこも開放的で光にあふれるミュライン城。

 珍しく薄暗い回廊を歩きながら、ジークは肩をすくめた。

 アリアは「いいえ」と笑顔を返す。

 なんとも複雑な表情でそれを見たジークが、ゆっくりと足を止めた。

 歳経た樫の板で作られた分厚い扉。

 金属で補強され、その所々に魔法文字ルーンの刻まれた扉には、一枚の羊皮紙が止めてあった。


『実験中』

『入るな』


 読んだだけで人を拒絶するような張り紙に、ジークの表情がまたひきつる。

 それでも大きく深呼吸して、ドアを叩いた。

 二度、三度。

 ノックへの返事を待つが、なんの反応もない。

 一度ちょんと触れて、何も起きないことを確かめてから、ジークはドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を押した。


「アシュリー、入るぞ~」


 扉はきしみ、内へ開く。

 背中を丸めて進むジークを追いかけて部屋に入ったアリアは、ツンと鼻を突く異臭に、思わず両手で鼻と口を覆った。


「何この匂い……」


 アリアの背中で勝手に扉が閉まる。

 真っ暗になるかと思われた部屋は、思いもかけず淡い光を放つ道具の数々に、ぼんやりと浮かび上がった。


「はぁ~、不思議な道具がいっぱい」


「魔女の部屋だからな。勝手に触るなよ? 怒られるぞ」


 無意識に、近くにあった輝く小瓶へ伸ばしていた指を、ジークに咎められて引っ込める。

 ぺろりと可愛らしく舌を出したアリアに「たのむぜ」と言ったジークは、振り返ろうとして吊るされたガラス玉に頭をぶつけた。

 慌てて押さえ、元通りに止める。

 ふぅ~っとため息を付いたジークの周りに、別の明かりが飛ぶのを、アリアは見つけた。


 ゆっくりと、光はかすかに共鳴するような音を立てながら揺蕩たゆたう。

 アリアがそっと手を伸ばすと、光は淡く色を変え、くるりと指先を回った。


「ここには精霊もいるのね」


 精霊から漏れ出る魔力マナの流れは心地いい。

 周囲に集まり始めた精霊にいちいち触れて挨拶のようなものを交わしながら、アリアはゆっくりとそう笑った。


「嬢ちゃん、精霊が見えるのか!?」


「ええ」


 なんとはなしにそう答え、アリアは思わずジークを見る。


「え? ジークには見えないの?」


 先に驚いたのはアリアだったが、もっと驚いたのはジークの方だった。

 あれだけ剣を扱える戦士がねぇ。と彼は無精髭をなぞる。


 普通魔道士は剣なんか扱えないものだ。

 剣の修業をする時間を、魔法の研究に捧げたものだけが、魔道士と呼ばれる。

 幼い頃に精霊を見る、つまり魔道士の才能があるとなれば、よほどの特別な理由がない限り、魔道士を志す。

 貧しいものは、王侯貴族に召し抱えられる道のため。そうでないものは、人の力ではなし得ない何かをなすために。


「精霊や妖精が見えるのは、魔道士かその才能のある者だけだ。見える者の数も年々減ってきていると聞く」


「そうなの……」


「嬢ちゃん、本当に不思議なやつだなぁ。ここにいるやつも大分変わりモンだけどな」


 しみじみと、ジークはアリアを眺める。

 彼には子供の頃から大柄な体と、剣の才能があった。

 それでも、精霊や妖精と話のできる魔道士たちを羨まなかったわけではない。


 しかし、ジークはアリアを妬むことなく、ニッと相好そうごうを崩した。

 不思議な……面白いやつだ。アリアこいつが仲間に加わったプリーシードは、これまでよりももっと面白くなるだろう。

 そう考えると、ジークはくっくと笑い声を漏らし、顔を上げた。


「さて……と」


 天井からぶら下がるモールのようなものを避けて、また奥へと分け入る。

 精霊たちの間を縫って、慌てたアリアも後を追った。


「アシュリー! おーい、アシュリー!」


 真っ暗な部屋の奥へ向かって、ジークが声を上げる。

 周囲の精霊が、驚いたようにパッと散るのが、アリアには見えた。

 しかし、やはり返事はない。

 ジークは天井に頭をぶつけながら、大きく息を吸い込んだ。


「アァシュゥリィィィー!!」


「……静かにしてください、魔法陣が乱れます」


 大声に反応して、ランタン片手にもう一歩の手で耳をふさぎながら姿を表したのは、背の低い少女だった。

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