32.小さな魔女(Ⅱ)

 少しだぶつく魔道士のローブを引きずり、ランタンをテーブルに置く。

 被っていたフードをずらすと、左右に長く結ばれた、珍しい濃い紫色の髪がくるんと跳ねた。

 その顔は、魔道士と呼ぶにはあまりにも幼い。

 どう見ても7~8歳程度にしか見えないその姿に、アリアは驚いてジークを見た。


「女の子……?」


「見た目はな」


 そう言って、彼は口元を隠してアリアに顔を寄せる。


「……中身は百歳を超えた魔女のバァさんだ」


「えぇっ?!」


 思わず声を上げたアリアを、アシュリーは輝きの消えた眠そうな目でじろりと睨み、アリアは慌てて口を押さえる。

 しかし小さな魔女は、すぐに興味を失った様子で、ジークへと視線を戻した。


「いったい何事ですか」


 それだけ聞いて、アシュリーは机の水晶に手をかざす。

 どうやらそこには実験の情報が表示されているらしく、部屋には沈黙が降りた。


「アシュリー、出動命令だ!」


「はぁ。今は大事な実験中でそれどころではありません」


 ジークの声に、アシュリーは気のない返事だけで答える。

 そのまましばらく水晶を覗いていた魔女は、やがてゆっくりと顔を上げた。


「ん? ……あなた、見慣れない顔ですね」


 先程あれだけ睨んだにも関わらず、アシュリーはまるで初めて気づいたかのようにアリアを眺める。

 ジークは内心「しめしめ」と思いながら、一つ咳払いをした。


「プリーシードの新顔だ。お手柔らかにな」


 手を引いて、アリアをアシュリーの前に立たせる。

 アリアは自己紹介をして右手を胸に当て、軽く膝を曲げた。

 魔女は挨拶を無視して、睨むようにジッと観察する。

 それ以上声もかけられないまま、アリアはただその場に立ち尽くした。


「むむむ。……あなた、ナニモノですか?」


「え?」


 聞き返すアリアをまたもや無視して、アシュリーは水晶に視線を落とす。

 このころにはやっとアリアにも、この小さな魔女がアリアを睨みつけている訳ではないことがわかってきた。


 少し眠そうに半分閉じた瞳と、感情を表さず、への字に結ばれた口元がそういう雰囲気を醸し出しているだけで、特に嫌われているわけではないのだろう。

 そう結論づけ、アリアはいつものように、笑顔を取り戻した。


「んー。あなたがまとっているエネルギー……妙ですね。普通の人間とは違う」


 水晶を机に置き、次は周囲の精霊を観察し始める。

 精霊とアリアの距離が、普通ではありえないほど近いのを見て、アシュリーはまた「むむむ」と唸った。


「存在自体が異質な感じがします」


「そ、そう?」


「興味深い」


 無遠慮にアリアへと近づき、アシュリーは魔力マナの流れや精霊のささやきを読み、触れてみて、匂いもいだ。

 逃げることもできないアリアは、ジークに助けを求める。

 しかし、振り返って見たジークは、腹を抱えてただ笑っていた。


「それで、任務なんだが。アンタの大好きな遺跡調査だとよっ。ほら、あの国境沿いの村にある――」


「――レテ村の遺跡のことですか?」


 一瞬だけジークを見上げたアシュリーは、興味を失ったようにまた、アリアの調査に戻る。

 レテ村という名前が出たことで、ジークはぽんと手のひらを打ち、大きくうなずいた。


「ああ、それだそれ!」


「あの遺跡は何年も前に調査済みですが」


 そう切り捨てたアシュリーに向かって、ジークは何故か自慢げな顔で腕を組み、胸を反らせる。

 ふふんと鼻を鳴らした彼を、アシュリーは視線の端でちらりと確認した。


「それが、あの辺りの流体エネルギーの異常を、近隣に住む魔道士が感知したらしい」


「何ですって?」


「で、今回の任務には、嬢ちゃんも連れて行くんだ」


 流体エネルギーの異常、普通の人間とは異質なエネルギーを持った少女の出現。

 これらがまったく無関係で、たまたま同時に発生したと考えるのは、あまりにも無理があった。

 アシュリーは、アリアのそばから一歩離れ、ジークへと目を向ける。

 まだ自慢げな顔で見下ろしている巨漢に向かって、小さな魔女は負けないほど大威張りで腕を組んでみせた。


「なるほど。いいでしょう、それなら私も同行します」


 アシュリーの輝きのない瞳に、わずかながら光がさす。

 研究室に籠もって自分の研究に没頭する以上に面白いことが、まさか向こうからやってこようとは。

 魔道士のローブを引きずり、小さな魔女は口の端をわずかに持ち上げて笑った。



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▶第3楽章『遺跡に眠る叡智』

ーーレテ村の遺跡調査へと向かったプリーシードの部隊。

村に到着すると、すでに帝国兵達が遺跡の前で陣営を張っていた。


「キアラ? 教えて、あなたは誰なの? わたしのことを知っているんでしょう??」


「こうして君達二人は、同じ場所に引き寄せられたということか…まさに運命とも言える。」


帝国兵の目を盗み、遺跡へと潜入するプリーシードだったが…

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