第3楽章 遺跡に眠る叡智

33.魅惑の美女

 アリアを隊列に加え、ミュライン城を発ったプリーシード。

 一行はエルンスト聖王国の国土を南下し、砂漠地帯の半周をなぞる様に抜ける。

 両国の境界を越え流れ込むグレンツェ川、その国境付近に位置するのが今回の目的地、レテ村だ。

 帝国兵や魔物を警戒しての旅路は、予定よりも大幅に時間をかけたものとなってしまった。


「レテ村に着いたぁ~っ! ふぅ、長旅だったね」


 万歳の格好で体を伸ばし、達成感いっぱいといった様子でリネットが声を上げる。

 長旅で蓄積した疲労から口数が減っていた面々も、そんな彼女を見て頬が緩んだ。

 お転婆のリネットは周りを困らせることも多いが、こうして彼女の明るさに救われることもあるのだ。


 少し弛緩した空気の中、アリアは一人呆然と村を見つめていた。 思わず声が零れる。


「ここが……村?」


 眼前に広がるのは荒れ果てたレテ村。

 そこでは人の温かさが失われ、何処か退廃的な空気が漂っている。

 民家であろう建物の壁には亀裂が走り、硬く水分を失った地面には枯れかけの草本が弱々しく点在していた。

 アリアはそんな光景から、廃村という言葉を連想してしまう。


「寂しい所だよね……」


 アリアの気持ちを代弁しながら隣にならんだリネットは、村を見回しそう呟く。

 その瞳には哀愁の色が湛えられていた。


「昔はそうでも無かったみたいなんだけど……ねぇ、アシュリー?」


「ええ。この辺りにはレテ遺跡を守護する墓守の一族が住んでいたのですが……」


 近年、帝国兵が彷徨くようになり、村の雰囲気が物々しくなるにつれて、去って行く住人があとを絶たなかったとアシュリーが説明を加えた。

 それはこの村を取り巻く、悲しい現状であった。


 エルンスト聖王国とティマイオス帝国の対立はこうして影響を及ぼし、レテ村の人々の日常すら奪ってしまったのだ。

 そう考えると、どうしようも無くアリアの胸は締め付けられた。


「遅かったじゃなぁい、待ちくたびれちゃったぁ」


 気まずい沈黙の中、不意に艶やかな声がアリアの耳を打つ。

 尖った足音を鳴らし、扇情的な衣服を身にまとった美しい女性が物陰から現れた。

 深いエメラルドグリーンの髪の下から見え隠れする瞳は、たちまち人を惹き付けるほどに妖しげな光を宿している。

 何を言わずとも、アリアにはそれが感じられた。


「エレン、待たせたな」


「おお、エレン! 悪かったなぁ、俺が居なくて寂しかっ―――」


 ヴィンセントが親しみを持って女性に声をかけ、次いでジークがこれでもかと両手を広げて歓迎する。

 ジークのその姿は、左右に激しく揺れる尻尾を幻視出来てしまう程。


「あ~ら、可愛い子!」


 だがそんな彼らには目もくれず、エレンは興味のままにアリアをめがけて一直線。

 エレンの態度は分かりやすく、仲間が連れてきた少女をたいそう気に入ったようだ。

 品定めでもするかの様に、エレンは頂点からつま先までゆっくりとアリアを見下ろした。


「え、わたし?」


 「そう、あなたよ」と 余裕のある笑みを浮かべ、エレンは肯定の意を示した。

 彼女の堂々とした態度に、アリアは少々圧倒されてしまう。


「俺の事は無視かっ……」


 遂に我慢できなくなったのか、ジークの悲痛な叫びが村に響いた。


「まぁまぁ、ジーク。いつもの事だし」


「ううぅ……」


 あきれ顔のリネットが肩を叩き、励ましという名の追い打ちをかける。

 これには流石のジークも堪えたのか、ガックリと肩を落として本気で落ち込んでしまっていた。

 普段は仲間の苦笑や貶しを飄々と躱す、軽い印象を与えがちなジークだが、どうにもエレンに対してだけはそうは 在れないらしい。

 そんな彼らの日常的な一幕をはじめて目にしたアリアは、漏れ出てしまいそうになった笑いを堪えていた。


「ヴィンセント、こちらはどなた?」


 エレンの褐色の瞳は、未だアリアをとらえていた。


「陛下が拾ってきた迷子だ」


 ヴィンセントの紹介はとても粗雑なものだった。

 決して間違っている訳ではないのだけれど、そう一言で言い表されてしまうとなんとも複雑な気分だ……。

 しかし、そんな心中をいちいち告げている間もないだろうと、アリアは不満を飲み込み、はじめましての挨拶をした。

 もう、名乗る事に違和感は無い。 何者かも分からなかったあの頃が既に懐かしく思えるくらい、この名前が馴染んでいた。


「アリアちゃん。んふ、プリ―シードへようこそ! 私はエレン。よろしくどうぞ」


「お世話になります」


 歓迎の言葉と共に求められた握手を、嬉しそうに交わすアリア。

 そんな新しい仲間に対し、エレンは優しく微笑んで応えてみせた。

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