34.魅惑の美女(Ⅱ)

 咳払いを一つ。顔に浮かんで見えた疲れを消し、ヴィンセントは平時の眼光の鋭さを取り戻す。

 遺跡の方はどうなっているのかと、リーダーの言葉を受けてエレンは報告を始めた。


「一足遅かったわね、既に帝国兵が張り付いてるわ」


 聞けば先行してレテ村に到着していた彼女は、この短期間に偵察、情報取集の殆どを完遂してしまったらしい。

 慎重な旅を行った弊害であろうか。それにしてもまるでこちらの動向を把握している様な、帝国に先回りをされた形。


「向こうも情報を得ていたのか。極力、帝国兵との接触は避けたい」


 予想外の事態。だが冷静に、明確にヴィンセントは思考を纏めていく。

 それだけで彼がどれだけ優秀かが伺えるだろう。


「表から侵入するのは難しそうだけど、裏口を見付けておいたから大丈夫よ」


「おぉ…!さすがぁ、エレンだ!!」


 思わぬ朗報、そしてエレンの迅速な行動にジークは舌を巻いた。

 前述の通りエレンが美貌の持ち主である事は確かだが、彼女の武器はそれだけでは無い。

 手早い情報収集に加え、的確な対策を整えられる事こそが彼女の武器なのだ。


「暇だからって遊んでた訳じゃないわよ。ちゃんと仕事はしておいたから」


 心外だわ、と得意そうに胸を張るエレン。

 だがそこで言葉を切り、少し考え込む様な仕草で彼女は「でもね」と続けた。


「ひとつ問題があって……扉に魔法がかけられていて開けられないのよね」


 魔法の守り。それは時に堅牢な城壁をも凌ぐ防御力を有し、侵入者を阻む。

 ましてや、古代の魔法が眠る遺跡であれば尚の事。


「ん~、アシュリーなら、開けられるんじゃない?」


 一考の後、アシュリーの名を挙げるリネット。

 プリーシードの視線が小さな魔女に集まるが、彼女は特に気負う様子も無く、大丈夫だろうと答えてみせた。

 それなら、侵入経路に問題はない。エレンは帝国兵の配置や動きも把握している。


「分かった、遺跡調査は夜が深けてからだな」


 頼もしい仲間に微笑みつつ、ヴィンセントがそう締め、プリーシードの方針が固まった。


「よしっ。んじゃ、作戦決行まで俺は一休みするかなー」


 伸びに欠伸を加え、ジークは英気を養うことを宣言。

 いつの間に元気を取り戻したのか、意気揚々と天幕の設置作業に取り掛かっていった。

 そんなジークに続き、それぞれが遺跡調査に向けて準備を開始する。


「アリア、お前は村に残ってもいいぞ」


 用意して貰ったはいいものの、上手く着用が出来ずにいるアリアの手から防具を取り上げ、ヴィンセントがそう提案した。

 きっとそれは彼なりにアリアの身を案じての言葉なのだろう。


「大丈夫、わたしも行くわ」


 だがアリアはかぶりを振り、強い意志を含んだ声色で示してみせた。


「なんだか……呼ばれている気がするの」


 得も言われぬ感情が胸の辺りで騒めき、収まってくれない。

 自分が知るべき“ナニカ”がこの先にある。ずっと自分を待っている、呼んでいるのだと。

 根拠も無いのに確信だけがあった。


「そうか。でも無理はするなよ」


 闘技場コロシアムでの奇遇とも言える出会いから、まだあまり時は経っていない。

 けれども、アリアの中で少しずつヴィンセントへの印象が変わっていた。

 王城で兵士の表情を見た時から分かってはいたことだが、きっと彼はプリ―シードの皆に慕われる良きリーダーなのだろう。


「遺跡の探索だなんて、何だかワクワクするね~!」


「遺跡には危険な物もたくさんありますから、勝手な事をしないで下さいね」


 これから起こるであろう未知の体験に瞳を輝かせるリネットに対し、アシュリーは冷静に諭す。

 見た目こそ幼子の様であるアシュリーだが、その実は人の一生を超え生きる魔女である。

 未来へ心躍らせる若いリネットに、達観した視点から見守るアシュリー。

 二人の歳は大きく違えど、その関係性はまるで仲のいい姉妹の様にも見えた。


「大丈夫、分かってるって」


 間髪置かず、リネットが無邪気に答える。

 そんな様子の彼女に一抹の不安を覚え、アシュリーは相変わらずのジト目で溜息を零した。


 数刻前と打って変わり、慌ただしくなったレテ村。

 心なしか、枯れかけの草本が嬉しそうに風に揺られている。上空は陰雲に覆われ、未だ見通す事は出来ない。

 ただ曇天の中でも弱々しく小さな光が微かに、けれど確かに輝いていた。

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