49.双生の道

「おーーーい! お前ら無事かぁーー!!」


 後から追いついたジークが階段を駆け下りて来た。

 ゴーレムとの戦闘で負傷したのか、所々に浅い裂傷が見られる。


「あ、ジークだ!」


 リネットは嬉しそうに手を振り、無事に生還した彼を向かい入れた。


「何か見つかったのか、ってうおおおおおっーー!! 何だぁこのデッカイのはぁっ!?」


 意気揚々と乗り込んで来たジークは、部隊に合流すると同時に目の当たりにした光景にガバッと目を剥き、オーバー過ぎる程のリアクションで声を張り上げた。


「クリスタルシード、古代の叡智だよっ!」


 リネットはふふんと得意げに鼻を鳴らし、アシュリーの言葉をさも自分の知識のように語った。


「ほぉ、すげぇなぁ……」


 感心したように顎を摩り、一通りクリスタルシードを見回したジーク。

 それからゆっくりと視線を移し―――。


「うぎゃぁあっ!? な、なんだっ、嬢ちゃんが二人いる?」


 次に二人の少女の存在を捉えたジークは絶叫を上げ、幻覚でも見ているのだろうかと大きく見開いた目をしきりに擦っている。


「……現実だ」


 そんな様子の彼を諌めるでもなく、ヴィンセントは呆れと共に溜息を零した。

 状況を把握できずに参っているのはヴィンセントも同じだった。


 数秒の沈黙の後、理解できないと判断したのか。

 一先ずこの状況を飲み込む事は後にして、「それよりだな」とジークは慌てながら続けた。


「ゴーレムが暴れたせいで帝国兵に気付かれちまった!! 今、エレンが奴らの気を引き付けてくれている。すぐにここから出ねぇと!」


「まずいですねぇ……」


 それを聞いたアシュリーは顔を顰めた。

 クリスタルシードが帝国の手に渡ったら大変な事になってしまう。なんとかこの場を切り抜けなければならない。


「もう知れちまってるけどな」


 しかしヴィンセントの言う通り、既にクリスタルシードの存在はミカエラたちに知られてしまっている。


「私の事かな?」


 そんな彼らを横目に、ミカエラは心配無用だと言わんばかりに微笑んで見せた。

 「あぁ、そうかよ」とヴィンセントは目線も合わせずに吐き捨てる。


 今はミカエラを信用し、帝国のことを任せるしかないが、納得がいかない。

 アリアとキアラ、二人の事情を知っているであろうことにも、だ。


「このクリスタルシードには、破壊の旋律が封じ込まれているんだ」


 もう殆ど時間が残されていない中、キアラは水晶に隠された重要な秘密を話し始めた。


 破壊の旋律。

 それは、音が響いた空間を破壊し、聞いた者すべてを死に至らしめる魔法だと言う。扱いには十分に気を付けなければならない。


「ええっ!? そ、そんな恐ろしい魔法が……?」


 別れ際で大変なことを知ってしまったアシュリーの頭は、フリーズ寸前にまで追い込まれていた。


「おおいっ、とにかく今はゆっくりしてる場合じゃないぞ!」


「……そうでした! 帝国兵が入れないように、私が魔法でこの部屋を一時的に閉ざします。皆さんは外へ出ていてください」


 ジークの一言ではっと我に返ったアシュリーは、直ぐさま杖を構えて詠唱を始めた。彼女を中心に、ゆっくりと幾何学模様が浮かび上がっていく。


 魔法の発動が迫る。

 それでも、キアラはこの場から動こうとしなかった。


「キアラ、私達も行こう」


「……ですがっ」


「彼女はこのままエルンストにいた方が安全だ。今は連れて行けない」


(ようやく再会することが出来たというのに……)


 想いが叶わぬ悔しさがこみ上げてくる。

 だが、ミカエラの判断は正しいと理解したキアラは、俯きつつも彼の言葉に従った。


「ヴィンセント、アリアさんのことを守ってあげて欲しい」


「お前に言われなくてもそうするさ。でも、ちゃんと説明はしてもらうからな!」


 ミカエラは紳士然とした態度で部隊に別れを告げると、外套を翻し、キアラと共に反対方向へと歩き出す。

 そういう態度がいちいち鼻につくらしく、ヴィンセントは少し遠のいた彼の背に嫌みったらしく言い返した。


「ねぇ、待って!」


 堪えきれなかった想いを口にしたのはアリアの方だった。


「キアラ、教えて? あなたは誰なの……わたしのことを知っているんでしょう?」


「記憶を思い出したければ、時空の森へ来い。」


 振り向いて、キアラは答えた。

 「そこで待っている」と、彼女はそう言ったのだ。

 そしてまたヘルムを被り直し容姿を隠すと、余韻も残さず暗闇の中へ消えていく。 


「あぁっ……」


 咄嗟に、キアラが去ってしまった虚空を掴むように、アリアは手を伸ばした。


(何も、まだ何も、確かなことは掴めていないのに……)


 今にも崩れ落ちてしまいそうだった。


「アリア、大丈夫か。ほら、行くぞ!」


 少し強引ながらも、不器用に気遣う温かな手がアリアを救いあげる。

 その後すぐに、シュバーン!と大きな音が聴こえて、地下空間は魔法によって閉じられた。


 そうして帝国兵が迫る中、プリーシードはレテ遺跡からの退却を目指したのだった。


 後ろ髪を引かれる想い、いや、身を引き裂かれるような痛みだった。

 それは以前にも感じたことがあった気がしてならない。


 そう、遙か遠い昔に。



◇ ◇ ◇



 舞台に役者が揃った。


 エルンスト聖王国とティマイオス帝国。

 様々な思惑が複雑に絡み合い、激化する二国間の争い。


 世界を飲み込まんとする荒波が押し寄せる中、それぞれの道を歩み始めたアリアとキアラ。


 まるで運命の糸でたぐり寄せられたようにして出会った仲間たちと共に、苦難と希望に満ちた双生の道をゆく。

 踏み出した道の先で、必ずまた巡り逢えると信じて――。

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