48.運命の再会
「キアラ、どうか剣を収めてくれないか」
暗闇の中から遅れてもう一人、姿を現した。
「ミカエラ様……」
「ミカエラ!? どうしてお前がここにっ」
その声にはっとして冷静さを取り戻したキアラは、主の命に従いやむを得ず剣を下ろした。
と同時にヴィンセントは、現れた男の顔を見るやいなや驚きの声を上げた。
「久しぶりだね、ヴィンセント。元気そうで良かった」
「相変わらずいけ好かねぇ顔しやがって」
予期せぬ再会だった。
ミカエラは、落ち着きを払って世間話でもするかのように親しげに語りかけるが、ヴィンセントの態度は素っ気ないものだった。
がしかし、彼の登場で一気に緊張が緩んだのは言うまでもない。
この対照的とも言えるミカエラとヴィンセント、今は敵国同士に属している彼らだが、かつては共に多くを学び、戦場を生き抜いてきた戦友でもあった。
「キアラが探していたのは、その人か……本当に生き写しの様だな」
ミカエラは旧友との再会をしばし懐かしんだ後、視線を本題へと移した。
話には聞いていたが、さすがにこれは目を疑うような光景に違いなかった。
「あなた様は、ティマイオス帝国のミカエラ皇子とお見受けしましたが?」
しばらく様子を見守っていたアシュリーが尋ねると、ミカエラは「その通りだ」と肯定の意を以って返答した。
まさか予想もしなかった大物の登場に、後ろに姿を隠していたリネットから驚愕の声が上がる。
正式な国家行事や公務でなければ、帝国の皇子にお目にかかれる機会などそうそうない。
「そちらの兵士がアリアさんを引き渡せと」
続けてアシュリーが、兵士の行動の真意を問うた。
「それには事情があるんだ。キアラ、兜を脱いで見せてあげなさい」
「……はい」
一瞬、抵抗感を露わにしたキアラだったが、仕方ないと判断したのだろう。
両手でヘルムを引き上げ、収めていた長い髪を解くように緩やかに首を振りながら、隠されていた容姿を見せた。
途端に、誰とも分からず息を呑む音が聞こえて、この場に衝撃が走る。
「ええっ!? その顔……どうして……」
纏う雰囲気は違えど、兵士の容姿は誰が見ても明らかに―――。
「う、うそ……この人、アリアにそっくりっ!?」
「というか、全く同じ顔をしてますね」
アリアと同じ姿をしていた。
二人の少女の間を何度も忙しなく皆の視線が行き来する。
瓜二つなどというものではない、それは同一人物が分かれて対面していると錯覚するほど。
「これはどういうことだ……」
少女たちの顔を見比べながら、普段は滅多に表情を崩さないヴィンセントも、この事態には動揺を隠せないでいた。それ程までに二人は似ているのだ。
「もしかして、アリアさんのご家族の方でしょうか? 双子の姉妹、とか」
「そんな単純なものではない」
キアラは、血縁であるというアシュリーの憶測をきっぱりと否定し、
「アリア、と言ったか……? 私を見ても何も感じないのか?」
唖然としていたアリアを、深い碧眼でじっと見つめた。
強い意志の宿った瞳に真っ直ぐに貫かれ、自身の存在を問われているような気がして、アリアは必死に記憶を辿ってみる。
「ごめんなさい、わたし……はっきり覚えていなくて……」
がやはり、砂漠の古城で目覚めた時より前の記憶は薄らとも浮かばない。
けれど心の奥では、自分と瓜二つの少女キアラとの出会いを待ち望んでいた、何故だか根拠もなくそう思えてしまう。感じるのだ。
「記憶を封じられたというのは本当だったんだな……」
キアラは呟き、悲しそうに目を伏せる。
アリアを目にした瞬間、胸の内を覆い尽くしたこの言い様のない魂が揺さぶられるような感覚を、自分と同じようにアリアも感じているはずだと思った。
しかし、彼女の表情には不安が滲むばかりでその様子は見えない。
「こうして君たち二人は同じ場所に引き寄せられたという事か……」
二人の少女の運命的な出会いを前にして、ミカエラは感嘆の息を零した。
帝国内で極秘に行われていたクローン実験。千年前に生きていたセレスティアの王女の魂と体を持つ者が、ここに二人揃うだなんて。
事情を知る者からすれば、彼女たちがこの場で巡り合ったのは、偶然ではなく必然であると言わざるを得ないだろう。神の意志は、ここにあるのだと。
永い時を経て動き出した、運命の歯車――。
少女たちを静かに見守るように、大きなクリスタルは青白く輝いていた。
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