46.古代の叡智
ゴーレムとの戦闘を潜り抜け、解放した扉の先へと急ぐヴィンセント達。
扉の向こう側にも、外界からの光を完全に遮断された不気味な暗黒世界が続く。
その中心にはより深く、来訪者を地下へと誘う終わりの見えない階段がぽっかりと
彼らは逡巡の後、意を決して階段へと足を踏み入れ、レテ遺跡の最深部を目指していた。
罠や仕掛けを警戒しつつ、ヴィンセントが先頭を進む。
あとに続くアシュリーは魔法で杖に明かりを宿し、松明では照らしきれない範囲を浮かび上がらせていた。
仲間たちに挟まれる形でアリアも慎重に階段を下っていく。
最後尾を歩くのはリネット。恐怖心を抑えながら、無理にでも明るく振る舞おうとしている彼女だったが、アリアの肩をがっしりと掴んだまま離れない手は小さく震えている。
「ここが遺跡の最深部か、随分と広そうだな……暗くて奥が見えない」
松明で行く先を照らし、ヴィンセントが辺りを見回す。
確かにこの場所は、四方を壁で囲われた地下ではあるものの、広々とした開放的な空間であり、まさに遺跡の核とも呼べる場所であった。
奥に進むにつれて、何故かぼんやりと視認できる明るさを帯び始めた地下空間。
誰よりも早く異変に気付いたアシュリーは、どこかに光源があるのだろうかと暗闇に目を凝らした。
すると、
「…………!」
彼女は思わず、はっと息を呑んだ。
そして、その小さな体をわなわなと小刻みに震わせている。
「どうした、アシュリー?」
「あ、ああ、あ、あそこですぅ……!!」
不思議に思ったヴィンセントの問いに、すでに興奮状態にあったアシュリーは震える声を振り絞って対象を指し示した。
それは静寂を優しく照らす光源であり、この遺跡の存在意義でもあるもの。
「っ!? なんだあれは……巨大な、岩? いや、クリスタルか……!」
「えぇ、ク、クリスタルシードですよぉっ……!」
その姿形を端的に表すのであれば、何処までも透き通った巨大な水晶。
本体に纏われた
この古代の宝物を目にした人間は、どんな状況であろうと感嘆の息を漏らし、見入ってしまうであろう程の代物だった。
「うわぁぁぁ……すごく綺麗だねぇ」
「これが、セレスティアが残した、クリスタルシード……」
事実、アリアたちも思い思いの感想を口にしながら、巨大なクリスタルシードに見入ってしまっていた。
これまでにもたくさんの人々が、伝説として語られてきたクリスタルシードを、その中に眠る叡智を、ロマンを、血眼になって探し求めてきたが、まだ誰も実物を見た者はおらず、その価値は計り知れない。
「わ、ヴィンセント様よりもおっきい」
爪先立ちになったリネットが掌を身長計の様に折り曲げ、ヴィンセントとクリスタルシードとを比べて驚きを露わにする。
彼の身長はエルンスト聖王国の平均よりも高く、180㎝程。クリスタルシードはそれを優に超えている。
「……だな。アシュリー、どうする?」
まさかこんな巨大な宝物が眠っているだなんて、いったい誰が予想しただろう。
ここから外へ運び出すのは不可能だ。
ヴィンセントはアシュリーに判断を任せようとするが、
「おおおお、こんなものが遺跡の中に眠っていただなんて……っ!!」
そこには爛々と瞳を輝かせ、無邪気な子供のようにはしゃぐアシュリーの姿があった。
忙しなく水晶の外縁を周回しながら、時にかがみ、時に背伸びをしながら隅々まで観察している。
「珍しくアシュリーが興奮してるね」
「興奮しますよ! ここに古代の叡智が眠っているのですよ!?」
さてはいつものあれが始まったな、とリネットがぼそっと零した言葉をアシュリーは聞き逃さなかった。
彼女はすぐに仲間の方へ勢いよくぐるりと振り返ると、語気を強めて饒舌に語り始めた。
「古代の叡智?」
アリアは首をかしげる。
その瞬間、アシュリーの瞳は更に輝きを増し、彼女の悪癖を知っているリネットとヴィンセントは二人で顔を見合わせた。
完全にスイッチが入っている、こうなるともう止まらない。
「そうです! 古代セレスティアの民は、クリスタルシードと呼ばれる水晶の中に、彼らの記憶や重要な情報、はたまた魔法の全てまでコード化して封じ込めたと言います。これは歴史的な大発見なんですよ!? あなた方にはその価値が分かっていないのです」
興奮冷めやらぬ、といった様子で弁舌を振るうアシュリー。
その間にもアリアは水晶の神秘的な姿に心を奪われたいた。
そして無意識のうちに、吸い込まれるように手を伸ばしていた。
「……って、アリアさん!? 何をしているのですかっ」
それに気付いたアシュリーは、これまでにない驚愕の表情を浮かべた。
「えっ?」
「クリスタルに触ったらダメですってばぁ!!」
アシュリーに厳しく注意され、アリアは咄嗟に手を引っ込める。
しかしクリスタルシードはそれに呼応するかのように、一瞬柔らかく輝きが増したようにも思えた。
「ご、ごめんなさい! 綺麗だからつい触りたくなってしまって……」
「もう、何が起こるか分からないんですからね……」
恭しく頭を下げるアリアに、アシュリーは呆れ顔で溜め息をついた。
些細なことがきっかけで、また危険な仕掛けが作動するかもしれない。
しかし、彼女が懸念していた事態は数秒と経たずに訪れた。
「……はっ」
素早く異変を察知したのは、空間を物体ではなく、波動として認識している魔道士だった。
急に乱れ始めたエネルギーの波に驚いたアシュリーにつられて、一行は同じように空間の中心部を見つめる。
そこに鎮座するのは、沈黙を守る巨大な水晶。
嵐の前の静けさとでも言うのだろうか。
輝きを潜めていたクリスタルシードは、
―――ッ、カッ!!
唐突に強烈な光を放ち、彼女らの視界を白く染め上げた。
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