45.遺跡の守護者(Ⅲ)

「はぁ、ビックリした。何でいきなりゴーレムなんて」


 乱れた息を整えつつ、胸を掌で抑えるリネットの疑問に対し、「この扉を守っているのではないか」とアリアは見解を話した。


「おそらくそうでしょう、扉を開ける方法を考えないと……」

 

 暫く警戒を続けていたアシュリーだったが、周辺は安全だと判断したのか、そう言って魔法への集中を解いた。


「あ、ねぇねぇ! こっちの石碑になんか文字みたいのが書いてあるよ」


 防御シールドの中を動き回り、何か役立つものはないかと探索していたリネットが、不意に片手を上げてアリアたちを呼んだ。もう一方の手は石壁を指し示している。


「何て書いてあるのかなぁ?」


「これは……セレスティアの古代文字ですね、ん~と……」


 目を凝らし、解読を始めようと口を開いたアシュリーより早く。


「……偉大なる、セレスティアの王、ここに眠る」


 一つ一つの文字を追うようにゆっくりと、しかし確信を持った声色でアリアは語る。


「えっ、アリアさん? もしかして読めるのですか!?」


「分からない……読めるの、かな」


 目を丸くして問うアシュリーに、アリアは首を傾げながら曖昧に答えた。

 彼女自身、古代文字を読めた理由を理解できていない。

 まるでそれは、当然のものとして初めから知っていたように。

 或いは奥深く眠る記憶が、彼女に教えてくれたように。


「扉を開く方法がどこかに記されていませんか!?」


「ええっと……汝、セレスティアの……んん、文字が掠れてて読めない。……受け継ぎし者、紋章に触れよ?」


 アリアは石壁に触れながら、刻まれた文字を指でなぞるように読み上げていく。

 だが古代遺跡の辿った悠久の時は、石壁の所々を風化させてしまっていた。


「まずいですね、このままだと追い詰められてしまいます。他に逃げ場もありませんし……」


 前衛が時間を稼いでいる間にも突破口を見つけなければ……。

 しかし固く閉ざされた扉は、力でも魔法でもうんともすんとも言わない。

 危機迫る状況に、さすがのアシュリーでもすぐには打つ手が浮かばなかった。


「―――ッ!」


 過ぎる一抹の不安に沈黙が下りる中、影が一つ、防御壁を破り飛び出した。


「ちょ、ちょっとアリア!? どこに行くのッ、シールドから出たら危険だよ!!」


「アリアさん!?」


 仲間の制止を振り切り、アリアは安全地帯から足を踏み出してしまう。

 彼女の身に滾るのは蛮勇ではなく、仲間を救いたい、ただその一心だった。


「紋章が、紋章がどこかにあるはずよ!! それに触れればもしかしたら……」


 隈なく辺りを探っていたアリアは、石壁に刻まれた紋章を見つけ出した。

 それを見た時、どこかで見たことのあるような、懐かしいような、何とも言えぬ不思議な感覚がアリアの胸に沸き起こった。が、とにかく今は時間がない。


「紋章に、触れよ……!」


アリアは大きく一つ息を飲み込んでから、古代文字の指示通り紋章に手を伸ばした。


「はっ!?」


 その瞬間、アリアの腕が石壁へ飲み込まれてしまう。


 否。


 傍からそう見えたのであってその実、パズルの様に隙間なく組まれたブロックがアリアの手によって押し込まれたのだ。

 そうして出来た窪みを中心に、青白い光の線が辺りを照らしながら幾何学模様に広がっていく。

 やがて線は扉へと至り、稼働音を響かせながらアリアたちを向かい入れるように開け放たれた。


「アリアが触ったら、扉が開いた……!? すごいよ、アリア!!」


「あなた、何をしたのですか……?」


 興奮冷めやらぬ、といった様子でリネットは瞳を輝かせ、唖然とした表情でアシュリーはアリアのもとへ。

 だが古代文字解読と同様に、原理も分からぬアリアの答えは不明瞭なものだった。


「分からないわ、ただ紋章に触っただけ」


 とアリアは言ったが、アシュリーには今しがた目の前で起きたことが偶然だとはとても思えなかった。


「ヴィンセント様ぁ、扉が開いたよー!」


 リネットはすぐにめいっぱいの大声をあげて、戦闘を続けるヴィンセントに扉の開放を知らせた。


「なにっ!?」


 声を聞いたジークは、抑えていたゴーレムの腕を力任せに弾き飛ばし、


「ゴーレムは俺が足止めする。俺はこいつと遊んでる方が楽しいぜ。静かにするのは苦手なんでな!」


 とリーダーに視線を飛ばしながら、ゴーレムを挑発して自身に注意を引きつけた。


「もう、一人でどうするつもりよっ! 私も手伝ってあげる。皆は先に行っててちょうだい」


 それを見かねたエレンは、苛立ちを含んだ声で言いながら、大剣を構え直すジークの隣へ並び立った。


「ああ、二人とも任せたぞ!」


 ヴィンセントは信頼する仲間を背に、開け放たれた扉へ向かって走り出す。

 後方でまた、激突音が鳴り響いた。

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