08.砂漠に咲いた白い花(Ⅱ)

「おーい、そっち! 何かあったか?」


「いんや、なんもないっすね〜……」


 草花を薙ぐ音、ガリガリと石畳に剣を引きずる音が、だんだんと近づいてきていた。

 少女の顔が曇る。

 この古城には相応しくない者たち、よくない者たちだと、彼女は直感した。


「誰か来る!」


「また盗賊が遺跡を荒らしに来たんだよ。宝物なんてないのにさ」


「静かにしていれば大丈夫!」


「でも……」


 慌てる少女とは裏腹に、妖精たちは落ち着いていた。


「この場所には、森の賢者様の魔法がかけられていて、普通の人間には見えないようになっているから、誰も入って来られないんだよ」


 妖精の女の子が唇に指を立て、静かにするようにと促す。

 男の子もうんうんとうなずいて、ふわふわと漂った。

 そういうものなのかと、少女も落ち着きを取り戻す。

 少女はかがみ込み、妖精たちと目線を合わせた。

 それでも、ガサガサと粗雑な音はどんどん近づいてくる。

 やがて、木の枝の隙間から、ボロ布をターバンのように巻いた、浅黒い男がぽんと飛び出した。


「うわ! ……アニキー、見てくだせぇ、こっち!!」


 声に誘われ、もう一人、小太りの盗賊も中庭に侵入する。

 暑かったのだろう、ターバンをずらした男は深呼吸して、中庭の清浄な空気を吸い込んでいた。


「おお? 何だここは……。この間来た時には、こんな場所なかったような……」


「えっ?!」


 静かにしているはずだった妖精から声が上がった。


「なんでっ?!」


「なんでっ?! ……賢者様の魔法が、解けてる?!」


「ねぇ、誰も入って来られないんじゃなかったの!?」


「そのはずなんだけど、おかしいなぁ……?」


 こちらの事情など、盗賊は気遣ってはくれない。

 宝が何もなかったと帰ってくれれば御の字、身ぐるみ剥がされる程度ならばまだマシ、最悪は、少女が美しい妙齢の奴隷として捕まることだった。

 そうなれば、ここしばらくの稼ぎ頭になることだろう。


「ど、どどど、どうしよう?!」


「まずいよ〜! お姉ちゃん、見つかったら捕まっちゃう! 逃げないと!!」


 二人の盗賊は、無造作に花を踏み散らし、中庭へと侵入した。

 その視線は花の中に佇む少女へとまっすぐ見据えられた。


「おやおやおや〜? こんなところに女がいやがるぜ」


「お前、ここで何してる!」


「ええっと……」


 身長だけは少女の1.5倍はありそうな盗賊が、偉そうに尋問する。

 向けられた剣は一山いくらの質のよくない剣だったが、それでも剣できられれば血もでる。怪我もする。


 少女はただニッコリと笑い、半歩だけ腰を引いた。

 つられて笑う盗賊たちの足元から、妖精たちの声が聞こえた。


「お姉ちゃん、お庭の奥にある通路から外に出られるよ!」


「ボク達は大丈夫だから! 早く逃げて、早くぅ!!」


「分かった。ありがとう!」


 首を傾けて、斜め下を見ながら話をする少女に腹を立て、太った男がまあるく曲がった剣を抜いた。


「ああ? お前、誰と話をしてやがる?」


 太った盗賊が剣を向け、半オクターブ低い声で唸るように脅す。

 それでも少女は笑顔を崩さなかった。


「わたし、ちょっと迷ってしまったみたいで……」


 正面を向いたまま一歩、二歩と下がる。

 男たちは目配せをし合い、こいつは何を言ってるんだといった感じで、もう一度彼女へ視線を戻した。

 その瞬間。


「……さよなら!」


 石のアーチをくぐり、彼女の姿はもうすでに、庭の外へと消えていた。

 妖精の姿はもともと見えていない。

 太った盗賊はもうひとりの男の尻を蹴り上げた。


「おい! 逃がすなよ!」


「あっそか! おい、コラ待てぇー!!」


 叫びながら去ってゆく盗賊たちを見送り、妖精たちはため息を付いた。

 白い花は揺れ、風と戯れる。


 少女の心にあったのは、この古城を傷つけてはならないという使命感だった。

 城を抜け、砂漠を全力で走る。

 膝までうまるいくつかの砂丘を越えたあと、やっと振り返ると、盗賊たちの姿はすでになかった。

 膝を付き、大きく息を吸う。大量の砂が肺に入って、盛大にむせた。

 空気を求め、胸をかきむしりながら、彼女は砂丘を転がり落ちる。

 どさりと日陰に転がった彼女は、したたかに打ち付けた頭で、朦朧と空を見上げる。


 …空が、青い。

 最後に頭に浮かんだのは、そんな言葉だった。

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