09.魂の片割れ

 先の少女が砂漠の遺跡で目を覚ましたのと同時刻。

 ティマイオス帝国にある極秘研究施設の奥深くで、もう一人の少女が目を覚ました。

 薄闇の中、藍色がかった水槽。

 助けを呼ぼうと口を開くと、大量の泡が目の前を立ち上った。-


「バイタル異常! 魔力エネルギー上昇! これは……RC-9Cが目を覚ました?!」


「なに?! いけない! 緊急排水だ!」


 鳴り響くアラームの中、円筒形の水槽から、淡い藍色の液体が排出される。

 開いたガラスの扉から少女が崩れ落ちると、研究者の一人が駆け寄り、自分の着ていた白衣を肩にかけた。


「大丈夫か?」


「……はい。……ここは? ……私……?」


 少女は咳き込みながら辺りを見回す。

 真鍮しんちゅう製のパイプ。リベットで固定された様々な鉄製の機械。ガラスの容器。真空管の中に浮かぶオレンジ色の数字。

 薄暗い部屋の中、数人の白衣を着た男女が、驚きと喜びの表情で彼女を見つめていた。


「安心しなさい、キアラ。ここはティマイオス帝国の研究施設だ」


「ティマイオス……帝国? ……キアラ」


 少しずつ、混乱していた頭がはっきりとするにつれ、キアラに淡い記憶の断片が蘇った。

 こことは違う美しい王国。キアラではない名前で呼ばれる自分。

 そして、ティマイオス帝国という名前に対する怒り。


「立てるか?」


「はい」


 それらすべてを心に秘めたまま、キアラは立ち上がる。


――この研究者たちに悪意は感じられない。それに、自分の現状をまず把握しなければ。


 冷静にそう判断し、研究者たちに導かれるまま、彼女は「検査室」と書かれた部屋のドアをくぐった。


 ◇ ◇ ◇


 数日の後、研究施設へ現れたのは、一人の青年だった。

 それ自体が光を放っているかのような黄金の髪が、強い意志をたたえた眉にゆるくかかっている。

 その下には湖の透明な水面のように涼やかな、蒼い瞳が真っ直ぐ正面を見据えていた。

 騎士団の制服に身を包んだその姿は、鍛えられた一本の剣を思い起こさせる。

 しかし、鋭い印象を与えるそれらすべてを、淡い色の口の端に浮かぶかすかな微笑みが、柔らかい印象へと変えていた。


「ミカエラ殿下、ようこそお越しくださいました」


 出迎えた研究員が、深く頭を下げる。

 女性研究員に先導されたティマイオス帝国第三皇子ミカエラ・オルセンは、興味深げに周囲を見まわしながら、軽く手を上げてそれに答えた。


「ここが極秘研究施設か。……凄いな」


「ええ。ティマイオス帝国が誇る科学力の全てがここに」


 研究員が答える間に、案内の女性研究員が下がる。

 周囲に二人しか居なくなるのを待って、ミカエラは口を開いた。


「それで……私に会わせたい者がいると聞いたが?」


「ええ」


 研究員は後ろを振り返る。


「キアラ、こちらへ」


「……はい」


 誰も居ないと思われた暗い柱の陰から、貴金属を思わせる淡い炎のような髪色の少女が姿を表した。

 何枚ものガラスを重ね合わせたような、濃紺の瞳は陰りを帯び、伏せられている。

 コツコツと規則正しい靴音を響かせ、照明の中に姿を表したキアラを見て、ミカエラは息を呑んだ。


「っ! この者か……? セレスティアの王女の魂から作られたというクローン体は……」


「左様にございます」


 ミカエラの驚きように、キアラは伏せていた目をそっと上げる。

 スラリと伸びた脚から、引き締まった身体、整った顔へと視線が動くと、キアラの動きが止まった。

 次の刹那、少女の身体に震えが走り、薄い唇から声にならない叫びを上げる。

 キアラが身につけているリストバンドが、バイタルの異常を示した。


「キアラ、どうしたのかね?」


 研究員が少女の表情を伺う。

 しかし、キアラの藍色の瞳は、ただミカエラだけを見つめていた。

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