07.砂漠に咲いた白い花

 まばゆい光に、少女は目は開くこともできなかった。

 ただ、強い光は少しずつ薄れてゆく。まぶたに当たる光も熱くはない。

 ここが、今すぐにでも命を奪われるような、そんな場所ではないことだけはわかった。

 落ち着いて、深く息を吸い、呼吸を整える。甘い香りが、鼻腔をくすぐった。

 何度か呼吸を繰り返すうちに、辺りを真っ白に染めていた光は、やがて消える。

 ゆっくりと瞳を開くと、見知らぬ風景が目に飛び込んだ。


「……ここは……どこ?」


 ぼんやりとあたりを見回す。

 立ち尽くす少女を、石造りの一部風化した建物が囲んでいた。

 有り体に言えば『遺跡』とでも言うような場所だが、ここがどこかは分からない。

 周りの建物からゆっくりと意識が自分に向かい、少女は違和感に気づいた。


「っ?! ……わたし……?」


 自分がなぜここに居るのかも、そして自分が何者で、何という名前なのかすらも覚えていない状況の異常さに、彼女は口をつぐんだ。

 静まり返った遺跡で、風がさわさわと草花を揺らす。

 その小さな音に異音が混じった。


「そんな訳ないだろー! セレスティアのお姫様は異次元空間に封印されてるって、森の賢者様が言ってたぞ」


 一つ目の声、男の子がそう断言する。

 その声は、彼女に向かって話してはいない。


「でもあの人、いきなりここに現れたんだよ?! 急にピッカーンて光ってさ!! 絶対におかしいって!」


 女の子の声が答える。

 どちらの声も、内緒話をしているような話し方なのに、声が大きい。

 隠れていたいのか、声を聞かせたいのか、とても不自然な大きさのおしゃべりだった。


「大丈夫だよ。どーせ普通の人間には、ボク達妖精のことは見えないんだからさ」


「でもさ~」


「気にすんなって! 心配性だなぁ」


「そんなこと言ったって――」


「――あのー……ちょっと、いいかしら?」


 とうとう少女はこらえきれず、花の端に身をかがめる妖精たちへと声をかけた。

 その途端、二人の妖精は、比喩ではなく飛び上がる。


「わぁっ!」

「きゃあっ!」


 空中で抱きしめあって震える二人を見て、少女の方が驚いてしまう。

 どうしていいかわからずに、少女は頭を下げた。


「あっ、ごめんね。驚かせちゃって……」


 妖精の男の子が不安げに少女を見上げる。

 その後ろで、妖精の女の子もじっと観察していた。


「……何で? 何でボク達のことが見えるの?」


「えっ?」


 思いも寄らない妖精の疑問に、少女は思わず聞き返した。

 妖精の女の子が、その声に答える。


「普通の人間には妖精は見えないし、この場所にも入って来られないんだよ。お姉ちゃん、ナニモノなの?」


「ナニモノ?」


 人差し指を頬に当て、先程自分自身で行き着いた疑問を、あらためて考えてみる。

 わたしは……何者なんだろう。

 少しだけ頭を悩ませてみたが、結局の所、情報が少なすぎて、答えは出そうもなかった。


「……それが、よく分からないの」


 苦笑いを浮かべて、少女は素直にそう告げる。

 分からない。

 それだけが、今自分の答えられる全てだという現実を、彼女は受け入れた。


「分からない?」


「そう……。何も覚えてないみたいなの。自分の名前も、どうしてここにいるのかも……。長い間、眠っていたような気がするんだけど……」


「えー、怪しーい」

「……怪しい」


「あ、ははは……。ねぇ、あなた達は、妖精でしょ?」


「そうだよ! わたし達は、この花の妖精なんだぁ!」


 妖精の女の子は誇らしげに胸を張る。

 男の子も鈴のような音を鳴らして、くるりと飛んでみせた。


「花?」


「ほら、お姉ちゃんの足元に生えてる白い花のことだよ」


 少女があらためて足元へ目を向けると、そこにはつい先程まで自分を包み込んでいた光と同じ、白い色が広がっている。

 五つの花弁を持った、愛らしい真っ白な花。

 彼女の周囲にはいくつもの花が咲いていた。


「あ、綺麗な花……」


「砂漠では、ここにしか咲かないとっても珍しいお花なんだよ」


「……砂漠?ここが?」


「うん! ここは砂漠の遺跡。古い古いお城の中庭。外に出てみれば分かると思うけど、ここ、砂漠のど真ん中なんだ」


「はぁ……」


 美しく咲く白い花。

 暖かい日差しと、小さな妖精たちの姿。

 砂漠、という言葉の荒涼としたイメージとは、この場所はずいぶんかけ離れていると少女は思った。

 ゆっくりと辺りを見回す。

 不意に懐かしさが心に浮かんだ。

 見たこともない場所に抱く、望郷の念。

 その不思議な思いを手繰り寄せようとした彼女の耳に、粗野な男の声が聞こえた。

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