06.古の封印

「姫よ」


 賢者の声だった。

 ほんの僅かな光すらも存在し得ないはずの、漆黒の闇。

 次元をも超越したその空間に、小さな光が漂い、声が響いた。


「……セレスティアの姫よ」


 もう一度、千年の時を経た賢者が語りかける。

 なにも見えない闇の中に、凛とした声が応えた。


「……誰? わたしを呼ぶのは」


「わしの声が聞こえておられるか?」


「ええ。声が聞こえたのは久しぶりよ……」


 会話を交わすうちに、闇の中にもう一つの小さな光が生まれた。

 常闇とこやみを照らす、小さな小さな、しかし力強い光。

 それは少しずつ、明るさを増していった。


「わしの死をもって、いにしえの封印が解かれました。貴女様の魂を、この次元の異なる世界から、現世へと送り返します。長い眠りから目覚める時が来たのです」


 光はやがて女性ひとの姿をとる。

 女神のように美しいその光は、暗闇の中、静かに立ち上がった。


「ですが……姫よ。貴女の記憶、そして名前も未だ封じられたまま……」


「封印? 現世……?」


「貴方様をお守りしとうございました。しかし、わしの役目はここまで……」


 賢者の光は揺らぐ。

 彼女は手を伸ばし、賢者を手のひらで支えた。


「わたしは……どうしたらいいの?」


「探すのです、ティマイオス帝国に捕らわれた貴女の魂の片割れを――」


 姫の手の中で、賢者の光が最後の輝きを放つ。

 二つの光は一つとなり、周囲の闇を払った。


「そしてどうか……、この永き戦いに……終止符を!」

「……っ?!」


 千年を経た森の賢者のマナが、その生命を持って、何重にも張り巡らされた封印を解き放った。

 世界を埋め尽くす、白い星の輝き。

 姫の心は次元の異なる世界を離れ、現世うつしよへと降り注いだ。

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