05.最後のお使い(Ⅱ)
レオニーは、賢者の身体が少しずつ冷えてゆくのをなんとか食い止めようと、力いっぱいに賢者を抱きしめ、泣き続けた。
「……レオニー」
辛抱強く二人を見つめていたリリアンが、小さくレオニーに声をかける。
しかし、心ここにあらずと言った様子で泣き続けるレオニーには、その声は届かなかった。
「レオニーっ!」
もう一度、今度は鈴の音のような羽音を響かせ、耳のそばで大きな声を出して呼びかける。
薄暗い地下室の中で、虚空を見つめていたレオニーの瞳が、ゆっくりとリリアンの上で焦点を合わせた。
「っ……ああ、……ごめん」
「……大丈夫?」
大丈夫なわけではなかったが、その問いかけにうなずけるだけの冷静さは取り戻していた。
ホッとした様子のリリアンが、いつものように空中で、くるりと光の輪を描く。
「賢者様を送ってあげよう?」
「うん、……そうだね」
そっと賢者を寝かせ、立ち上がったレオニーは、
リリアンも、レオニーの左肩に座って、こつん……と頬に頭をあずける。
「わたしもお手伝いするよ!」
「ありがとう」
大きく息を吸って、大きく息を吐く。
身体の中に
「……その御名の元。魂よ、安息に眠れ。大いなる源へと還りたまえ……」
賢者の弟子、レオニーの呼びかけに応え、森のすべての木々から、小さな光の点が一つずつ浮かび上がる。
それは賢者の館の地下室へ向かって静かに流れ、やがて大きな渦となって森の賢者の身体を包み込んだ。
「賢者様の体が……消えていく……」
「うん……マナに還ったんだよ……」
「キラキラのマナになったんだね。……ばいばい、賢者様」
二人が見つめる先で、光の渦は少しずつその明るさを減らし、消えてゆく。
清らかな水晶が奏でるようなマナの
静寂と薄闇の戻った地下室に、レオニーが両手を下ろして立っている。
その目は、今まで賢者の身体が横たわっていた床を、じっと見つめていた。
「賢者様の言葉……これから、いったい何が始まるんだろう……」
独り言のようにつぶやく。
肩の上で一緒に賢者を見送ったリリアンは、面白いいたずらを思いついたときのように、ウズウズと身体を震わせた。
「ねぇ、レオニー! 行こうよ! エルンストの王様に手紙を届けに行こう!!」
耳元で話しているのに、レオニーは床を見つめたまま、身じろぎ一つしない。
リリアンは肩から飛び上がり、レオニーの耳を両手で掴んだ。
「レー! オー! ニー! ってばぁー!!」
大声が地下室に響く。
さすがのレオニーも耳を抑え、倒れそうになった身体をなんとか支えた。
ゆっくりと、飛んでいるリリアンに顔を向ける。
賢者の言葉をもう一度よく考え、結論を出したレオニーの顔に、決意の表情が浮かんだ。
「そうだ……、そうだよね。こうしちゃいられない。エルンストへ行こう!」
とにかく、旅の支度を。
そう思って階段へと向かいかけたレオニーは、自分のやることを思い出させてくれた小さな相棒を、もう一度振り返った。
「……リリアン、君も一緒に来てくれる?」
「もちろんだよー!!」
鈴の音のような羽音と、即答が頼もしい。
大好きだった賢者様の最後のお使い。そして、行ったことのないエルンスト聖王国の王都への旅。
決意と好奇心を源に、レオニーの身体には大きな力が流れ込んでくるようだった。
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