18.偶然の出会い

「いや~、驚いたよ!! 途中で鎧を脱いじゃうなんてさ。あんな大男相手にアンタ、勇気あるねぇ!」


 日に焼けたコロシアム職員の女は、親しげにアリアを迎えた。

 コロシアムでの戦いの後、祝福と称賛の声を背に連れてこられた一室。

 アリアの後ろから、数人の警備員に運ばれて、一抱えはある革製の袋が運び込まれる。

 目の前の巨大な天秤で重さを計ると、天秤の針はぴったり中央を指し示し、女はその数字をアリアに確認させた。


「ほら、優勝の賞金だよ。持っていきな!」


 アリアの目の前、テーブルに乗せられた袋は、分厚い樫のテーブルを軋ませ、金貨特有のガシャっという音を立てた。

 周囲から「おおっ」という羨望の声が上がる。

 辺りをきょろきょろと見まわして、アリアはとりあえず、感謝の言葉を述べた。


「あ、ありがとう……」


 焦っていた。

 ユーリとの約束の場所から離れてかなりの時間が経っている。

 砂漠で行き倒れていた自分を助けてくれた命の恩人との約束だ。

 少しだけ待っていてほしいとユーリは言った。

 あの優しい少年に、いらぬ心配をかけているかと思うと、アリアは今すぐにでも駆け出したい気持ちになる。

 しかし、盗賊から逃げるために見知らぬ街を駆け抜けた彼女が、あの何の目印もない場所をすぐに見つけられるとは到底思えなかった。


「おい、お前」


 突然、背後から厳しい声がかけられる。

 振り返ると、そこには眼光鋭い長身の男が立っていた。

 光の加減で赤にも黒にも見える瞳が、アリアを観察する。

 呼びかけに答えることもできずに見つめ返していると、ヴィンセントは言葉を継いだ。


「先程の戦いぶり、見事だった」


「え、……わ、わたし?」


「お前の他に誰がいる」


 言われて辺りを見回すが、ヴィンセントの言葉どおり、闘士らしき人は誰もいない。

 表情一つ変えずに見つめている彼へ、アリアは改めて目を向けた。

 痩せてはいるが、無駄のない筋肉が体を覆っているのは一目でわかる。

 先ほど戦った傭兵より何倍も強いであろうこの無表情な男の目的を計りかね、アリアは答えに窮した。

 周囲の人々も、声も出さずに成り行きを見守っている。

 緊迫した沈黙が、辺りに下りた。


「――あー、いたいた! ったく、置いていくなよなぁ。迷子になっちまったじゃねぇか」


 陽気な声が、沈黙を吹き飛ばした。

 扉の陰からガタイのいい男がゆうゆうと現れる。

 ヴィンセントよりこぶし一つ分ほど背が高い、ジークの体はいかにも歴戦の戦士といった風に、見事な筋肉で覆われていた。

 友の脇を素通りして、アリアの隣に立つ。

 身構えようとした彼女に向かって腰をかがめ、顔を近づけたジークは、優しくアリアの頭をなでた。


「……すまないねぇ、嬢ちゃん。驚かせちまって」


 耳打ちすると、彼はすぐに友の隣へ戻る。

 アリアに向かってニッと人好きのする笑顔で笑うと、ジークは親指でうっすらと無精ひげの残る自分の顔を指さした。


「俺はジーク! こっちはヴィンセントだ。よろしくな」


 ジークのにぎやかな名乗りに、場の空気は一気に和む。

 そこでやっと、お互いに名乗りもしていなかったことに思い当たったらしく、ヴィンセントは少し申し訳なさそうな表情でうなずいた。


「お前、名前は?」


 それで自己紹介は終わったと判断したのだろう。

 ヴィンセントは不躾にそう尋ねた。


「……わたしは、アリア」


 彼女は、つい先ほど恩人につけてもらった名を名乗る。

 以前の自分が何者であれ、彼女にとって今の自分は「アリア」であった。

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