02.賢者の森

 大陸を二分する大国、エルンスト聖王国とティマイオス帝国の接する南端には、周囲の森の何倍も年経た木々が茂る森があった。

 そこは『賢者の森』と呼ばれる聖域である。

 人を拒むような恐ろしさはなく、むしろ落ち葉は柔らかな道を作り、人々の頭上に広がる広葉樹のみずみずしい葉は、強い日差しを遮り、過ごしやすい優しさで森を満たしていた。


 カサッ……カサッ。


 一歩一歩地面を踏みしめる音と、誰か人を呼ぶ声が続いてくる。

 子供っぽくも聞こえるその声は、どこか高い知識を内包しているのが感じられた。


「おーい、リリアン! ……リリアンー? どこにいるんだー?」


 苔むす大木と同じ色の髪と、魔道士見習いが身につけるローブが揺れる。

 両手を口の左右に並べ、誰かを探しているはずのその視線は、おかしなことに遙か高みにある木の梢や、低い地面にもキョロキョロと向けられていた。


「わぁっ!!」


「えっ! うひゃあっっっ!?」


 突然、後頭部に大きな声がかけられた。

 思わず地面にぶつかるほどの勢いで頭を抱えて屈みこむ。

 恐る恐る視線を上げると、そこには賢者の森の妖精が、大威張りで胸の前に腕を組み、片眉を上げてレオニーを見下ろしていた。


「イッヒヒヒヒヒ! 引っ掛かった、引っ掛かった〜♪ びっくりしたぁ?」


「びっくりしたぁ? じゃないよ! 隠れんぼしてる場合じゃないんだぞ!」


 半分は照れ隠しで、怒った口調のレオニーが立ち上がる。

 リリアンは周囲に美しい鈴の音を響かせながら、そのレオニーの更に上をくるくると飛んでみせた。


「レオニーのビビり屋さん♪」


「むむむ……。全く、君たち妖精は本当にイタズラ好きなんだから」


「イッヒヒヒヒヒ♪」


「……もうわかった。それよりふざけてないで、早く薬草を探さなきゃ!」


 レオニーは、まだほとんど空のままのカバンを持ち上げてみせる。

 それを見たリリアンの顔は、さっきにもまして面白そうな顔になった。


「んふふっ♪ それなら、ほら!」


 ばっさぁ~っと、色とりどりの薬草がレオニーの頭上に撒き散らされる。

 普通なら怒りそうなものだが、レオニー本人はそんなこと気にした様子もなく、次々に落ちてくる薬草を拾っては、嬉しそうにカバンへと突っ込む作業に集中した。


「あ、……これっ! すごい! 見つかったんだね! ありがとう。」


「妖精は、森のことなら何でも知ってるんだよ~♪」


「5、6、7、8……うん! 良かった、これで新しい薬が作れるぞ!」


 カバンに詰め込んだ薬草を数えていたレオニーは、満足げにゆっくりと顔を上げた。


「ありがとう、リリアン。助かったよ」


「うん、それじゃ、早く賢者様のところに帰ろ~♪」


 はしゃぎ疲れたリリアンは、レオニーの肩に乗ってもう大きなあくびをしている。

 レオニーは薬草のたくさん入ったカバンを逆の肩に背負うと、歩きなれた『森の賢者の館』へと足を向けるのだった。

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