38.手紙(Ⅱ)

「手紙?」


「そうです。賢者様があなたにと」


 レオニーは大切にしまった手紙をバッグの中から探り出し、ユーリへと手渡す。


「どうぞ!」


「ありがとうございます。確かに受け取りました。賢者様は、他に何か仰っていませんでしたか?」


 封蝋で閉じられた灰白色の手紙を眺め、それからユーリは問う。

 賢者がこの世界で最も多くの知識を有していたことは疑いようがない。

 自身が、プリーシードが、国民が、この国が歩む暗雲立ち込める道の標となればと、ユーリは思った。


「えっと…古の封印が解かれる。時代が大きく動く、と。僕には難しくて何のことだか」


 賢者の言葉を一つ一つ、あの時の声をなぞるようにレオニーは答えた。

 彼にとっても不可解な言葉であったが、それは聡明なエルンストの王も同じなようだ。


「封印が解かれる? う~ん、僕の方でも調べてみます。それにしても、賢者の森からここまで来るのは大変だったでしょう?」


「レオニーが帝国兵に捕まっちゃって大変だったの!」


 両手を大きく広げ、空中でリリアンが声を張り上げた。


「えっ… よくご無事でしたね!?」


 苛酷な道中を想像し、彼らを労わったユーリとしても思いも寄らぬ答えに困惑が浮かぶ。

 世間一般にレオニーはまだ子供であるとしても、帝国は魔道士に容赦などしないだろう。

 しかし、その後の展開は予想外のものであった。


「とっても親切で優しい皇子様が助けてくれたんだよ。エルンストまで送ってくれたの♪」

 

 にっこりと笑った彼女からは、帝国に対する恐怖心が全く感じられない。

 リリアンの話を聞いて、ユーリには思い当たる人物おうじがいた。


「それはきっと…、ミカエラ皇子ではないですか?」


 良識のある彼ならば、迷わずレオニー達を助けるであろうし、それを成すだけの力も持ち合わせている。

 帝国兵に捕まりながら、傷一つないレオニーにも合点がいった。


「ん~、確かそんな名前の皇子様!」


「あなた達は本当に運が良かった」


 一先ず二人の無事に胸を撫で下ろし、幸運であったとユーリは告げる。

 ミカエラとの対面、すなわち生還への唯一の道を二人は通ってここに来ているのだ。

 もしザント将軍などに捕まれば、と考えると身の毛もよだつ。


 ユーリが考え込んでいた時間、流れた沈黙。

 だからこそ、広い天馬の間でその音はハッキリと鳴り響いてしまった。


―――ぐぅぅぅうっ


「あっ……」


「あははははっ! レオニーのお腹が鳴ったぁ~っ!!」


 リリアンは間髪入れずに、レオニーの失態をケラケラと笑いながら茶化した。

 羞恥心から顔を赤く染め、何とか言い返そうとレオニーは不貞腐れたように呟いた。


「昨日から何も食べてないんだから、仕方ないだろ…」


「皇子様は食べ物もくれたのにさ、何も考えずにバクバク食べちゃうからだよ」


「だって、美味しかったんだもん」


 頬を突きながらからかうリリアンに、痛い所をつかれ、顔を背けたまま言い訳を零すレオニー。

 見たことも無い筈の、在りし日の光景がユーリにも鮮明に見て取れた。

本来なら、賢者の森で彼らは三人仲良く―――。

 浮かんだ幻想を振り払い、ユーリは現実を見据える為に前を向いた。

だがそれでも仲睦まじくじゃれ合う二人に少し、頬が緩む。


「ふふ、すぐに食事を用意しましょう。まずはたくさん食べて、ゆっくりと休んでくださいね」


 腹が減っては戦は出来ぬ、何をするにもまずは腹ごしらえからだ。

 そう言って微笑んだユーリに、お礼を言おうとレオニーは口を開く。

 だが。声が喉から出るより早く、彼のお腹が嬉しそうにぐぅぅうっ、と返事をした。

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