37.手紙

 各国の思惑が渦巻くレテ村から離れ、場所はエルンスト聖王国の王都ミュライン。


 王城内の回廊を横切る複数の人影は、天馬ペガサスの間へと続く荘厳な扉の前で立ち止まった。

 先頭に立つ従者が扉をノックし、主へと入室の許可を求める。


「ユーリ陛下、森の賢者の遣いだという少年をお連れ致しました」


「ありがとうございます。どうぞ、こちらへ」


 重厚な扉がゆっくりと開かれ、隙間から金髪碧眼の少年が覗いた。

 やや幼さの残る顔立ちだが、何処か威厳がある。


 彼は水晶のように透き通る美しさを持った、正にこの国を象徴するような人物だった。

 容姿やその身に纏う雰囲気や衣服から、レオニーは一つの推論を導き出したのだが、失礼だとわかっていながらも、驚きの顔を隠せなかった。


「貴方が……エルンストの王様?」


「えぇ」


 一国の王に対し、不敬であると罰せられかねないレオニーの言動にも、ユーリは眉一つ上げず穏やかに肯定した。

 招き入れられた天馬の間の中央まで移動し、足を止めた両者は改めて向き合う。

 王を目前にしても臆することなく、自分は森の賢者の使者としての責務を果たさなければと、少年は固く拳を握りしめた。

 

 レオニーがまず名乗り、それから賢者の森から来たことを告げた。

 頷きながら話を聞いていたユーリの視線が不意に外れ、レオニーの肩へと注がれる。

 何か、他の人間には見えない存在をその場所に見出している様子。


「おや? 妖精を連れているのですか?という事は…」


「僕は賢者様の弟子です」


 向けられた確認の視線に対しレオニーは胸を張り、真っ直ぐにユーリと目を合わせた。

 そんな様子を肩の上から見ていた小さな妖精は、ひょいっと飛び降りると場を制していた緊張を割くように、光の残滓ざんしを残してユーリの周りを飛び回る。


「王様にも妖精わたしが見えるんだね?」


「えぇ、初めまして」


 自分の姿を視認できる数少ない人間を、リリアンは興味深そうに観察していた。

 だが暫くして満足したのか、レオニーの肩に再度腰掛け、屈託の無い笑みを浮かべる。


「わたし、リリアン!レオニーのお友達だよっ」


「お二人ともどうぞよろしくお願いしますね」


 ユーリは差し出されたリリアンの小さな手を包み込むように優しく握り、次にレオニーに握手を求めた。

 一瞬、戸惑いの表情を浮かべたレオニーだったが、リリアンに小突かれ慌ててその手を取った。


「それで、急用とお聞きしました。賢者様に何かあったのでしょうか?」


「……賢者様は、もういないんです」


 目を瞑り、噛みしめた唇をゆっくり開いて、堪えるようにレオニーはそう告げた。

 レオニーの声は震えていた。賢者のことを思うと、あの惨劇が脳裏に映し出され、胸が張り裂けそうだった。


「いない…えぇっ、まさか、賢者様が……」


 そんなレオニーの様子から察したのか、ユーリは呆然と呟く。

 詳しく話を聞いてみなければわからないが、少年がここへ来るまでには想像を絶するような悲しみや苦しみがあったのかもしれない…。


 常に陽光を最大限に取り込み、明るく照らされる筈の天馬の間は薄暗く、影を落としていた。

 対峙する二人の顔を黒雲が覆い、希望を断つ影が伸びようとしていたその時。


「心配しなくても大丈夫だよ! 賢者様はマナに還れて嬉しそうだったから」


 二人を勇気付けるように、リリアンが光を纏いながら辺りを舞う。

 けれど彼女もまた、何かに耐えるように声を振り絞っているようにも感じられた。


「王様! 僕達はあなたに…手紙を届けに来たんです!!」


 自分には託された使命がある。

 ここで俯いてはいられないと、レオニーは前を向いて訴える。

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