14.王都ミュライン

 砂漠付近の街で馬に乗り換え、ユーリたちがエルンスト聖王国の王都ミュラインについたのは、まだ日も高い時間のことだった。

 軍隊が行進できる大きさに作られた正門で、ユーリとエリアスは馬を降りる。

 アリアも続いて馬を降り、大通りをゆっくりと進む。

 石造りの巨大な外壁をくぐると、そこはまるで祭りの最中さなかのように、大勢の人でごったがえし、喧騒にあふれていた。


「さぁ、着きましたよ」


 ユーリがにっこりと微笑む。

 思わずキョロキョロと辺りを見回すアリアから手綱を受け取り、エリアスは荷物と馬を門の横にある建物に預けた。


「ここが、エルンストの王都……! 凄く賑やかねぇ」


「国中から人や物が集まって来ますからね」


 戻ってきたエリアスが、アリアの疑問に答える。

 もう一度辺りを眺めたアリアは、街の端に巨大な円形の建物を見つけた。

 巨大な柱が何本も並び、周囲にはたくさんの出店と、大通りここ以上に人が集まっているのが見える。

 かなりの距離があるにも関わらず、その建物から歓声が上がるのも聞こえてきた。


「向こうに見える大きな建物は何?」


「あれは、コロシアムです」


「コロシアム?」


 聞き慣れない言葉に、アリアは思わずオウム返しに聞いてしまう。

 そんな彼女の素直な反応に、ユーリは楽しげに答えた。


「あそこで腕利きの戦士達が力を競い合うのですよ」


「へぇ……すごい」


 戦士が力を競い合うと聞いて、戦い自体が好きではないアリアは、自分には関係のない場所だと思った。

 それでも、すべての国民がああやって楽しめる遊興施設があるこの国は、良い国王の治める豊かな国なのだろうと、彼女は想像した。

 他にも色とりどりの服や、見たこともないような食べ物が、道の端にたくさん並んでいるのが見える。

 周りを眺めているアリアの肩に、エリアスと目配せをしたユーリの手がぽんと乗せられた。


「アリアさん、少しこちらで待っていてもらえますか? すぐに戻りますので」


「あ……ええ、分かったわ」


 周りに気を取られていたアリアの返事を待って、ユーリはエリアスを伴い、裏路地へと向かう。

 その目には、普段の春の木漏れ日のようなものとは違う、真剣な光が宿っていた。


「エリアス、あの店です。行きましょう」


「はい」


 声を潜め、周囲の目を避けるように、二人は雑踏へと消える。

 しかし、街の珍しさに気を取られていたアリアは、気にした素振りもなく、ゆっくりと周りを見回していた。


――ドン


「痛っ……!」


 突然背中に人がぶつかり、アリアはよろめく。

 あわてて振り返ると、そこでは小太りの男が、肩を抑えて騒いでいた。


「い、いってぇー!! あー痛ぇ! 痛ぇ! あーこりゃ折れたな! 骨折れた! 痛ぇー!」


「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」


「おいおい、アニキにぶつかっといてごめんなさいじゃすまねぇ……って、ああっ!?」


 ニヤニヤしていた長身の男が、少女の顔を見た途端叫んだ。

 痛がっていたはずの男も、その声につられてアリアを見ると、同じように驚きの声を上げた。


「お、お前は砂漠の遺跡にいた女!!」


 そこまで聞いて、アリアにも記憶が蘇る。

 長身の男と、太った男。

 その組み合わせは、暗闇の中から突然目覚めたあの古城でアリアを襲った盗賊たちに間違いなかった。


「……あなた達は、盗賊!?」


「あん時ゃよくも逃げやがったな! お前、遺跡の宝をネコババしたんだろ!」


「わたしはそんなことしてないわ……!」


 理由もなく襲われたのは彼女の方だと言うのに、突然いわれのない非難を受けて、アリアは思わず半歩、身を引いた。

 こういう男たちは、相手の気持ちに敏い。

 アリアが盗賊たちの言葉にたじろいでいるのが分かると、かさにかかってぎゃーぎゃーと喚き散らし始めた。


「お前のせいで砂漠で迷って死にかけたんだからなー! 覚悟しろよぉ!!」


 長身の男が手を伸ばし、アリアの肩をつかむ。

 ここで盗賊に捕まってしまっては、絶対にまずいことになる。ユーリとの待ち合わせもあるが、とりあえず一度、逃げてしまった方がいいだろう。

 そう結論づけたアリアは、くるりと身体を回して盗賊の手を逃れ、人混みにまぎれた。


「……ご、ごめんなさいっ! わたし、用があるので失礼するわっ」


 人の間から律儀に顔を出し、彼女はぺこりと頭を下げる。

 二人の盗賊はあっけにとられて、白金プラチナの髪が人の間を器用に避けて進んでゆくのを、思わず見送った。


「……んなっ! おいこら、待ちやがれぇー!!」

「ま、待てぇー!!」


 慌てて盗賊も後を追う。

 アリアとは違い、力任せに通行人を突き飛ばしながらまっすぐに後を追う盗賊は、想像以上にスピードがあった。

 しかし、流れる水のように人を避けて、アリアはするすると道を進む。

 そのつま先は、無意識のうちにあの「コロシアム」へと向けられていた。

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