15.迷い込んだ先
軽やかに、アリアは人混みを駆け抜けた。
進行方向に現れる人の視線を読み、驚かせることなく、くるりと向きを変える。
アリアの行く先で人々が声を上げることはない。
それとは対象的に、背後に追いすがる盗賊たちの周りでは、ぶつかった人たちの悲鳴や怒号が響いていた。
彼女は、自身の倍も高さのある壁を軽々と飛び越え、建物の影に入る。
着地した石の床にカツンと靴音が響き、その思いもがけない静けさに、彼女は呼吸を整えながら辺りを見回した。
石造りの建物。天井は高く、アーチ型の門がいくつも並んでいる。
人気のない通路の向こう側から、空気が震えるような歓声が響いた。
コロシアム。
ユーリたちの説明が思い浮かぶ。
盗賊が追いかけてくる様子がないのを確認して、アリアは大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
「……コロシアムの中まで逃げて来ちゃったけど……。ここまで来れば大丈夫、かしら」
コツ……コツ……と靴音を響かせながら歩いていると、扉に小さなナイフで手紙が刺し止めてあるのを見つけた。
何気なく顔を近づけて文章を読む。
『すまない。決勝の相手にはとても勝てる気がしない。恥をかく前に、私はここで降りさせてもらう』
何のことだろう?
不思議に思った彼女は、手紙の刺してあった扉にそっと手を触れる。
鍵もかかっていなかったその扉は、軽くきしんでゆっくりと開いた。
「んー……ここは、武器庫? 丁度いいわ、剣も鎧もあるし。これをちょっとお借りして……」
入口近くに乱雑に脱ぎ捨てられていた鎧は、ちょうどよいことに小柄なアリアにピッタリの大きさだった。
大仰な兜を手に取り、アリアはすっぽりとそれをかぶる。
鉄製の
兜の奥でいたずらっぽく笑いながら、アリアは鉄と革で作られた全身鎧を、慣れない手付きで身につけていった。
「……っと。鎧を着ていれば見つからないでしょ」
最後にガントレットの留め具を苦労して留めて、満足気につぶやく。
それとほぼ同時に、扉の向こうに慌てた様子の男が姿を表した。
「お! 見つけたぞ!」
「ひゃっ? 盗賊……じゃないか……はぁ」
兜の中でつぶやくアリアの声は、鎧にさえぎられ、男の耳には届かなかった。
少しイライラした様子の男が、アリアの姿を上から下まで観察する。
戦いの準備は整っていると見て、男は勝手になにか納得したようだった。
「決勝戦に勝ち上がった女戦士とはアンタのことだな?」
「え? 決勝戦?」
「さっさと準備してくれ、もう試合が始まっちまう。あまり観客を待たせるな」
「いや、これはその……」
「ほらほら、いいから剣を持て」
足元に転がっていた剣を拾い、男はアリアの腰の留め金に、長剣をぶら下げる。
一度抜いて、刃こぼれや不正な毒が塗られていないことを確認すると、男は剣をアリアの鞘にシャンと戻した。
「えぇっ、ち、違うのっ」
なされるがままになっていたアリアが、思い出したように反抗する。
男は問答無用でアリアの腕を引っ張り、ところどころ血のシミやヒビの入った壁の通路を進んだ。
鉄の格子の門の向こう、明るい光が差し込んでいる。
それとともに、先ほどまであんなに遠くに聞こえていた歓声が、体の表面を震わせるような音量で聞こえてきた。
「さぁ、行くんだ!!」
壁のレバーを引く。
鉄の格子はガリガリと音を立てて開き、身をすくませたアリアは、背中をとんと押されて、光の中に足を踏み入れた。
さっき驚いたばかりの歓声が、さらに十倍になってアリアに降り注ぐ。
「うぉぉぉぉ!! 優勝は! 俺の! もん! だぁぁぁぁ!!」
反対側の同じような格子の前で、筋肉の塊のような大男が、アリアの身長ほどもある巨大な剣を手に叫んでいた。
その身を包むのは、アリアと違い分厚い皮の鎧に鉄の鋲がいくつも打ち込まれているもので、最低限の防御力と動きやすさを両立した、剣闘士としても拳闘士としても使える、独特の鎧だった。
急所以外をほとんど守っていない鎧からは、アリアの胴よりも太い腕がにゅっと伸び、重い剣を軽々と振り回している。
「えぇっ?! ちょ、ちょっと待ってってばぁ〜〜〜っ!!」
彼女の叫びは、歓声に消し去られ、誰の耳にも届かなかった。
戻ろうにも、鉄の格子はすでに閉じている。
とにかく、後ろへは戻れないことが確定しているのだ。
アリアは、唯一の脱出口であるコロシアムの中央へと、一歩足を進めた。
そこに待つ運命の悪戯へ、彼女の目はまっすぐに向けられていた。
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第1楽章をお読みいただき、ありがとうございました!
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▶第2楽章『闘技場の花』
ーー砂漠で倒れていたところをユーリ達に助けられ、エルンスト聖王国の王都へとやって来たアリア。
ひょんなことからコロシアムに迷い込んでしまい、凄腕の傭兵と戦うことに…?!
「あの剣筋は…エルンストの王族に伝わる剣術に似ている。何故だ」
「…わたしは、アリア。あなたの知らないようなずっと遠いところから来たの。」
試合を観戦していたヴィンセントとジークと出会い、彼女の運命は少しづつ動き始める…
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