24.古代王国セレスティア
「有益な情報?」
いち早く衝撃から立ち直ったジークが、やっとそれだけを聞き返す。
ユーリと笑顔を交わしたエリアスは、落ち着いた所作で手帳を取り出し、目的のページを開いた。
「ええ。どうやらレテ村にある遺跡に、セレスティアが残した『クリスタルシード』があるのではないかとの情報が」
「レテ村って確か……帝国との国境沿いにある辺鄙な村だったよなぁ」
頭に地図を思い浮かべながら、ジークは無精髭をなでる。
皆が同じように「レテ村」を思い浮かべる横で、アリアだけは別のことに思いを馳せていた。
「セレスティア……クリスタルシード……?」
頬に手を当て、小さくつぶやく。
その言葉はユーリに「アリア」という名をもらった時よりもさらに懐かしく、心にしっくりと馴染んだ。
「アリアさん、どうかしましたか?」
「なんだか、聞いたことがあるような……」
ふむ……と一言つぶやいて、エリアスはメガネに指を置く。
まっすぐにアリアへと体をむけると、姿勢正しく、流れるように説明を始めた。
「セレスティアと言うのは、遥か昔に水の女神と火の男神が創ったとされる王国で、豊かな精神性と自由な創造によって栄えた楽園のような国だったと言われています」
楽園。
アリアの心の奥底に広がった見たことのない景色は、まさしくその言葉にふさわしいものだった。
小さくうなずきながら、熱心に言葉へ耳を傾けるアリアへと、しかし、エリアスは不穏な言葉を続けた。
「ですが、千年ほど前のティマイオス帝国との戦争に敗れ、セレスティアは滅びました。王国が栄えていた大地のマナは枯れ、今は広大な砂漠になってしまいました」
「……そんな」
「アリアさんと出会ったあの辺りに、セレスティアの王城があったのです」
エリアスはユーリへと目配せをして説明を終える。
視線を受け止めたユーリは、次にショックで言葉を失うアリアを見て、そしてヴィンセントへと向き直った。
「ヴィンセント、プリーシードの皆さんにレテ村の遺跡調査をお願いしたいんです。行ってくれますか?」
「ああ、分かった」
聖王直属の特殊部隊プリーシードの隊長は、即座に返事をする。
しかし、静かな水面のような表情の影で、ヴィンセントは思い悩んでいた。
帝国との国境、かなり辺鄙な場所にある村だ、どんなに急いでも、往復に数日はかかる。
その間、ユーリを守るお目付け役に、誰かを付ける必要がある。
人数の多い部隊ではないが、誰かを置いていくしかないだろう。
戦力は減ることになるが、まぁ辺境の村の調査だ、帝国兵や魔物の数は少なくないだろうが、そんなギリギリの戦いにならないよう道を選べば――。
「――あの」
控えめに手を上げたアリアの言葉が、ヴィンセントの思考を遮った。
全員の目がアリアに集まる。
彼女はユーリとヴィンセントを交互に見ながら、言葉を続けた。
「そこに、わたしも一緒に連れて行ってもらうことは出来ませんか?」
「え?」
「どうか、わたしも一緒に行かせて」
ユーリの疑問の声に、言葉が伝わっていないと思ったのだろう。アリアは同じ言葉をもう一度繰り返す。
「ですが……あの辺りは帝国兵と出会す危険性が非常に高いですし、魔物の出現も多い地域です。とても安全にお連れするとは言えません」
「でもそこに行けば、何か……何かを思い出せるような、そんな気がするの。お願い」
アリアの懇願にユーリは拳を唇に当てる。
元々はエリアスが考え事をするときの癖であったが、今ではユーリも同じように悩むことが増えていた。
確かに、戦争状態にある帝国兵のみならず、様々な魔物が出る地域だ。
か弱い女性をそんなところに向かわせるなど、即座に許可できるものではない。
しかし、彼女の記憶が戻る可能性があるのならば、行ってみることに意味はある。
遺跡の調査と同じ。現地に行って見る以上の体験などないのだ。
「んー……分かりました。僕は公務があるので、しばらく城を離れられません。そこで」
頭を悩ませていたユーリは、美しい
その目には信頼と、ちょっとしたいたずら心が溢れていた。
「……アリアさんをお願い出来ますか? ヴィンセント」
「あぁ? 何で俺がお守りをしなきゃならないんだ」
「あなたのそばにいれば安心ですから」
即答だった。
満面の笑顔でユーリが答える。
ヴィンセントは大きくため息を付いて額を押さえ、首を振った。
「あのなぁ……、俺が守ってやらなくったって、こいつはある程度強いぞ」
「なんてったって、コロシアムでの優勝者だからなぁ!」
自分の手柄でもないのに、得意げなジークはアリアの傍らに従者のように膝を付き、両手でひらひらと彼女を褒め称えるポーズをキメた。
一瞬の間を置き、ユーリは思わず「えぇっ?!」と声を出す。
アリアはまた、照れ隠しに笑いながら肩を縮めた。
「コロシアムで優勝?! 本当ですかっ」
出来るわけがないとユーリは思った。
もちろんそれはエリアスもおなじだ。
実際に戦っているところを見たヴィンセントやジークでも幻だったんじゃないかと思うほど、普段のアリアは、どこからどう見ても世間知らずのお嬢さんそのものだった。
「な、何故、そのようなことに……?」
「えーと、その、成り行きで……」
「あなたのような方が……それは驚きです」
エリアスは改めてアリアの体を観察する。
細身だ。見た目ではほとんど筋肉らしき筋肉も見て取れない。
それでも、全身に均整の取れたバランスで引き締まった筋肉はあり、それを効率よく動かす技があれば、強い戦士であるという可能性も無くはない。
例えば……太古からエルンスト聖王国の王族にのみ伝わる剣技。
あのような体格の差を埋める剣技を使えば……。
「俺は歓迎するぜ〜! 部隊に可愛い娘が増えるのは大歓迎だからな!!」
「まぁ、いい。どうせ行く宛もないんだろ、連れて行ってやる」
「……ありがとう!」
エリアスが、少しアリアの正体について思いを馳せているうちに、大体の方策は決まってしまっていた。
「足でまといにだけはなるなよ?」
「あ、はい!」
腰をかがめたヴィンセントが、人差し指をアリアの目の前に突き出す。
アリアは背筋を伸ばして、軍人のような礼を返した。
「いいねぇ、楽しい旅になりそうだ」
ジークはアリアの肩に腕を乗せ、大きく笑う。
残りの旅程などについての話し合いはヴィンセントとエリアスに任せ、ジークは王宮にある武器庫へとアリアを連れて行った。
コロシアムで見たアリアの戦い方、体格、剣筋を見て彼女に最もふさわしい武器防具を一つ一つ揃えてゆく。
やがて鎧が揃ったところでヴィンセントも合流し、ついにヴィンセントたちプリ―シードは、レテ村探索の任務へと向かうのだった。
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