42.確信めいた予感

 松明の明かりだけが辺りを円形に照らし出す、闇夜に覆われたレテ遺跡前。

 静寂が支配する空間の中で、入口の見張りを任されていた帝国兵は欠伸を飲み込む。


 敵襲に備え夜を通して気を張り、槍を握り締めていた彼の体には少なからず疲労が蓄積していた。

 どうせ、敵なんて来る筈がない。


 帝国の駐屯地が目と鼻の先にあるこの場所を襲撃しようなどと企てる輩は、よっぽどの強者かどうしようもない白痴かだろう。

 もやのかかった頭で思案に耽る彼に、不意に声がかかった。


「見張り番、ご苦労だな」


「……ミ、ミカエラ殿下っ! こんな夜更けにどうされたのですか?」


 ゆっくりと首を向けた兵士の顔が、一瞬で青ざめる。

 それも仕方が無い事だろう。

 今この場所で指揮を二分する帝国の皇子、即ち仕えるべき主君がそこに立っていたのだから。


「いや、少し気になる所があってね。これから遺跡の中を調べたいんだ」


「これから!? 危険ではありませんか……?」


 遺跡を見やり、柔和な笑みを浮かべるミカエラはこの場所へ訪れた理由をそう語る。

 しかし、兵士の心中は穏やかではない。


 皇子の身に危険が及ぶかもしれない状況で、もしもその身に何かあれば真っ先に自身の首が飛ぶことは間違いない。

 比喩でもなんでもなく、胴体と別れを告げる事になるだろう。


「大丈夫だ、部下を連れていく。君も疲れただろう? 見張りはギルバードに任せて、もうテントで休んでいい」


「ミカエラ殿下……。」


 心中を察してのことだろう。一端の兵士を優しく気遣う皇子の言葉に、心は否応なく揺れ動いてしまっていた。


「俺が変わろう」


 逡巡ばかりで決断できないでいる兵士に、ミカエラの言葉に乗じギルバードは堂々と胸を張って前に出た。

 その存在感に圧倒されると同時に、彼なら任せられるという信頼も湧いてくる。


「し、しかし……」


「ミカエラ様のご厚意を無駄にするな」


「は……はっ、ありがとうございます!」


 もはや形だけの拒否を、少し苛立ちを含んだギルバードの声が一蹴。

 これ以上は失礼に当たると悟ったのか、見張りの兵士はそそくさとこの場を立ち去った。


「ギルバード、ここは任せた」


 遺跡の入口を立ち振り返ったミカエラは、先程と打って変わって神妙な顔つきでそう言い残す。


「はい、何かあれば俺もすぐに駆け付けます」


 多少の不安と、それを掻き消すだけの絶対の信頼。

 そんな思いで君主の言葉に応えたギルバードに、ミカエラは小さく頷き前を向いた。


「キアラ、行こう」


「はい」


 そうして、後ろに控えていたキアラに出発を促し、ミカエラは遺跡へと足を踏み入れた。

 未来を変える出会いがある、そんな確信めいた予感を伴って―――。

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