11.魂の片割れ(Ⅲ)
背後で大きな鉄の扉が閉まり、廊下には二人の靴音だけが規則正しく響き続けている。
「君は少し目立ち過ぎるな。私の兄、アルゴン皇帝の目を欺くために、これから君には帝国軍の兵士になりすましてもらう。鎧で顔を隠せば気づかれることもないだろう」
「分かりました」
表情を変えず、抑揚すら無い返事をするキアラに、ミカエラは初めて振り返った。
透き通った水晶のような青い瞳と、深い海の底のような藍色の瞳が見つめあう。
「本当に君は……セレスティアの王女なのか」
「……当時の記憶は、断片的にしか覚えていません。私の魂は、半分欠けているから。記憶も、本当の名前も失いました」
ミカエラは、自分だったらこんなに落ち着いていられるだろうかと考えた。
自らの魂は半分に過ぎず、身体は培養されたクローン。記憶も断片的で、己の国は滅ぼされてしまっている。
千年の時が過ぎていて、知古の者の一人も居ない世界。
そんな世界に唯一人。
ミカエラであれば、自暴自棄になってしまっていたかも知れない。
それとも、第三皇子という肩書から逃れることができて、幸せを感じることもあるかも知れない。
どちらにしろ、今の自分には想像もできない状況であるということだけはわかった。
「そうか……。君にとって私達は、祖国を滅ぼした憎むべき敵であることは、十分に分かっている」
「帝国は私達から全てを奪った」
強い口調だったが、キアラの声は震えている。
しかし、そこから先に、攻撃の言葉も、嘆きの言葉も並び出ては来なかった。
「私はセレスティアの滅亡から今も尚続く、この永き戦いを終わらせたいんだ。……キアラ、君の力を貸してはくれないか?」
強く、優しかったルシアンの顔と声が、彼女にそう問いかける。
ルシアンそのものの姿が、キアラの心をより一層締め付けた。
でも違う……と、キアラは考える。
自分の知るあのルシアンではないとしても。似ている誰かでしか無いとしても。
「私に……出来ることがあるのなら」
「ありがとう。君の魂を……その片割れを、見つけ出そう」
突然の申し出に、キアラは瞳を大きく開いてミカエラを見上げた。
「……探してくれるの……ですか?」
「もちろんだ。そうすれば、君の大切なものを取り戻せるかもしれない」
もっと強大な力すら、手にできるだろう。
もし、キアラと同じく魂の片割れを持つ者が居たとすれば、それは戦争の終結が遠のく結果に直結する。
すべてが打算ではない。半分は、本当にこの少女の身を案じてのことだ。
ミカエラは、いつもの完璧な皇子の笑顔をキアラに向けた。
「……ありがとう、皇子」
キアラは感謝の言葉を述べる。
――千年前の戦争で、私の魂は引き裂かれた。……本物は、どこにいる?
片割れの魂。偽物の身体。断片的な記憶。
自分には、何一つ本物がない。
心の中で自嘲的に笑ったキアラは、魂の片割れを、必ず探し出すことを心に決めた。
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