あとがき

 まず最後までお読みくださった全ての読者の方々に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。


 近況ノートでも一度言及致しましたが、この物語はエンディングから物語を作りました。最終におこる出来事から遡って練ってあります。練っていると偉そうに言えほどのものではないかも知れませんが、物語の結末から起こる出来事を遡って緻密に書いていくのは初めてだったのでとてもいい経験となりました。ミステリーってもしかしてこうやって書くのでしょうか。


 現実に存在する沈み鳥居をテレビのニュースで見たのは確か2021年6月ごろかと記憶しております。


 貫より上だけが水面より顔を出し、その周りを美しい睡蓮が漂っている。ほんの三十秒ほどのニュースでしたが僕の視覚に強い印象を残し、僕はその後すぐにネットで詳細を検索しました。ウェブサイトに載っている写真はどれも美しく神秘的で、不思議な状態で沈んでいる鳥居に想像力を掻き立てられました。


以下ネタバレありの作者解説ですので、読まれる方はご注意下さい。









 沈んでいる事に訳があるならきっと何かが埋められているに違いない。鳥居は神と人との境に使われる目印。境を越えてはならぬもの、その越えてはならぬものがそこに埋まっているのではないか。重石として使われたなら半分沈んでいる意味がわかる。鳥居の下には罪を犯したものがいる。神は罪人を罰するために鳥居を使い池に沈めたのだと考えました。そして人と神との境に埋められているならば半妖であろうと妄想しました。


 次に神の怒りを買い、沈められる程の罪とはなんだ、と考えると殺人でした。一人二人ではそこまで神が怒り狂うとも思えない。きっと村人全員、もしくは神を殺したからだ。では何故…と言ったようにエンディングからプロットは決まっていきました。


 この物語では、自分でも思った以上に深い話に取り掛かってしまって堀り下げすぎているのではないかと思う事が沢山あります。神の起源だとか、現在の神は人間が作りあげてきた神だとか(鬼にまつわる神話です)、鬼とはなんだとか。たまに神様の予言とか、読者には分からない表現になってしまって反省しております。諸所修正致しましたが、まだ至らない点も沢山あり、推敲が必要だと認識しております。


 名前が変わると言う設定も初めてで、紅生なんて呼び方が沢山ありすぎてどうしようかな、と悩む程でしたが、生命童子と呼びかける時、敬翠の心は愛敬童子の頃に戻って、人間の心のままだという事を表現できたし楽しかったのでよしとしましょう(勝手)。



 本作には疑問点がいろいろとあると思います。解説読みたくない人はここでブラバしてくださいね。



――何で春乃を殺したの?

春乃が死んだ時、読んで下さっている方から何故罪もない春乃を殺したのだという意見を頂いたのですが、生命童子が鬼と成る怒りの壁を壊すには沢山の犠牲が必要でした。そして最後に青竜の死と重ねる大切な人の影が必要であったため、春乃はこの運命を背負わねばなりませんでした。罪もない者が殺される、その理不尽は世に溢れています。それを投影し神・鬼の怒りを表現したかった。


――紅生は何者?

紅生の母親は人間です。父親は鬼です。父親は鬼神に血を飲まされ、人間から鬼にされた存在でした。鬼の中には稀に異形にならずに理性を保つものがおりました。ハイブリット型ですね。人間でありながら鬼であり、元人間の鬼が紅生の母親に恋をしてその間に生まれたのが紅生です。遺伝子レベルでの半妖は珍しく、紅生は鬼の中でも鬼神レベルで強い。鬼神はその力を取り込む目論見をし、紅生を食べる予定で、猿鬼と異形の大きな鬼に紅生を連れて帰るように命じました。しかし紅生の父親は抵抗し殺され、母親も鬼に殺されたのを見て紅生の力が覚醒し、八歳にして異形の鬼を殺したのです。猿鬼はその際すばしっこく逃げました。この回想は一部しか描写しておらず説明していないので、紅生が一体何者なのかというのは鬼神と猿鬼しか知らない為、適切に描写できていません。


――どうして敬翠ではだめなのか。

紅生は敬翠に惚れて体を重ねていただだろうに、何故青竜を見た途端青竜を好きになったのかという、読者の方々には紅生の心が測りかねるところがあると思います。単純に僕の描写力の低さが問題ではありますが、青竜は何もかも生命童子の為にあつらえて作られているような存在で、ましてや愛してやまない弁財天と同じ姿ですから(生命童子の趣向も何もかもを把握している生命童子への愛から生まれた存在なので)自分のために生まれてきた青竜という存在あいを目の前にして抗うのは難しかったというのが紅生の言い訳です。運命の相手、というと敬翠が可哀想なのですけれど。


 

――鬼神はそれからどうしたの。

鬼神は紅生の手から逃れ、影から全てを見ており、弁財天神が心を失っていく様も紅生が殺される様子も敬翠のそれからも全部見届けました。現代も生き続けています。鬼神には生きながらえる肉が必要だった。力を得るには強い鬼を食べねばなりません。自分の血肉を分け、育てば喰らうというサイクルを繰り返すためには敬翠や他の鬼の血が続かねばなりませんでした。だから敬翠を殺さずに生かしておきました。鬼の血は薄くなるばかりではありますが、鬼神が生きながらえる為にはどんなに薄くても食らい続ける必要がありました。半妖の鬼は敬翠だけではありませんでしたので鬼の肉を喰らい続け(共食いですね)ましたが、その内に肉ではなく憎悪を糧とするようになりました。もともと精気を喰らう方が力を得るので、それが憎悪に変わっただけです。そうすると人間を喰らう方がよくなってくる。鬼はその数を減らし、ただただ悍ましい人間達を喰らうようになっていきます。うじゃうじゃと湧く憎悪を抱えた人間を喰らうのに苦労はしません。鬼ももう増やさなくていい。鬼が増えぬ代わりに、悍ましい人間達が蔓延っていった、という設定であります。

元々鬼神の目論見は鬼を増やす事でしたが、人がのさばる世になってその必要がなくなったと言う点は文字数も予定より大幅に超えてしまって描写できておりません。


――翠眼の母親と娘について

母親は敬翠の血を引く子孫です。物語を語り継ぎ、敬翠の心を忘れぬよう、鬼に先祖返りしないよう、自分達を戒めながら生きております。

この家系は嫉妬を覚えると同時に目が翠に変化していきます。つまりこの母親は嫉妬に荒れ狂った過去があるという事です。娘も人でありますから嫉妬に狂う事があるかもしれません。その時、鬼に転じてしまうのか、それは定かではありません。


敬翠の妻となった春次の娘は美しく、紅生に似ていたので、敬翠は幸せに過ごしたのだと言うことをどこかに書き足したいのですが上手くハマらず、今のところ後書きでしか書けておりません。


――愛してはならない者を愛した罪とは


・古の神は人間を愛しました。愛したが故に人間と近くなり、そして結局は鬼と呼ばれ人に貶められました。元来神と人間は近くなるべきものではないのに、古の神(鬼神)は人間を愛したが故に鬼となりました。以降まつろう神(新しい神)と人間を憎みます。

・弁財天(まつろう神)は人間が新たに生み出した神です。神は鬼を愛してはならない。何故なら鬼は人間を脅かす存在だから。人間を脅かす存在である鬼とまつろう神が契る事は禁忌。まつろう神は人間に縛られている為、禁忌を犯せない。なのに弁財天は生命童子(鬼の子)を愛してしまいました。だから鬼になるなとずっと諫言し続けたのです。ですが鬼の力は強く、生命童子が鬼に転じる事は弁財天には分かっていたのです。愛してはならない鬼を愛した弁財天は心を失った神となりました。水を掌る神でありながら水は鎮まる事を知りません。水害がいつまで経っても収まらないのは弁財天神は心を失ったままだから(小鷹設定)。

・生命童子は神を愛した。鬼は神を愛してはならない。鬼神は上述のようにまつろう神に追いやられた古の神です。その鬼神の血を引きながら神を愛する事はこれまた禁忌。血に抗う事になります。自分を追いやった者を愛するなんて事、鬼神は許せません。自分を追いやったまつろう神(弁財天)を憎む鬼神はこの禁忌を知り生命童子の家を襲わせました。

・敬翠が紅生を愛する事は鬼と鬼であるから特に問題ないのでは?と思うのですが敬翠の中ではそうではありません。自分を穢れた存在だと疑わない敬翠は、清い存在である紅生を愛する事を罪だと思っていました。犯罪者が聖者を愛するような感覚ですね。愛する事で紅生の存在を貶めたような気持ちになっています。愛してはならなかった。だが愛さずにはいられなかった。そして愛敬童子のままであれば報われるはずが、自ら鬼と成ったため報われぬ愛と変わった。自己呪縛を受けたのです。

・鬼が人間を愛する事は獅子と鹿の愛。危うい愛。人間に貶められた鬼が人を愛する事は鬼の血から言って禁忌です。

・紅生が青竜を愛する事は鬼が神を愛するという意味でも、鬼が人間を愛すると言う意味でも禁忌でした。

・酒泉童子と生命童子ですが、酒泉は生命が好きでした(ご存じかも知れませんが)。愛弟子といいますが自分の命よりも生命の命を案ずる程生命を愛していました。だからこそ生命に弱い自分を見せたくなかった。弱った心に付け入った鬼は許せませんが、力を取り戻して強い自分を生命に見せたら自害しようと考えていました。虚飾の罪を表現したかったのです。


愛してはならないものを愛した罪、その秘密をここでは解説しましたが、物語の読み方はそれぞれです。個人的には愛してはならない者などどこにも存在しない。それはただの見えや建前や欲が生み出した枠にすぎないとそう思います。

しかしこうしてあとがきを書いていると随分と端折った書き方をしていたのではないかと少し反省も出て参りました。体力が戻ったらまた修正していきたいと思います。



 本作はとても哀しい最後で終わりますし、凄惨な表現も沢山ありましたので、途中辛くなって読めなくなった方もおられ、読むのがしんどいんじゃないかな、と書きながら自分でも随分悩んだ作品です。18万字という長い物語で且つハッピーエンドでもなく最後まで読んで頂けるかどうかがこの作品では課題でした。


 紆余曲折の無い作品などありませんが、この作品を書き上げるのにはとても力がいりました。しかし心血を注ぎ、自分の中の思いを何も曲げずに書き上げる事が出来たのは、友人たちの支えがあったからです。


 多くの方がそうであるように僕も孤独な物書きです。誰とも何も相談せずに書いています。だから悩んでも自分で決めていくしかありません。小説の書き方を習った訳でもなく、先生がいる訳でもなく、教えてくれる人がいる訳でもなく、推敲し合う仲間がいる訳でもありません。


 自分の心と頭から言葉を引っ張りだし文字に起こす事はとても楽しく、そして苦しい作業でもあります。だから更新をする度に感想をくれる作家仲間の言葉は、本当にありがたかったです。心を支えてもらっていました。登場人物たちの心情に寄り添って腹を立ててくれたり、泣いてくれたり。その一つ一つの言葉達が僕の励みでした。この場を借りて深く御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

 

改めてこの物語を読んで下さった全ての方に心より感謝申し上げます。

ありがとうございました。

一時でも楽しんでもらえたならこれ以上幸せな事はありません。


そして紅生の美しさと悲しさを見事に描いてくださり、この物語の終焉を一枚の表紙にして下さった青城硝子様(神絵師様)に深く感謝を申し上げます。


また次の作品でお逢い出来る事を楽しみにしております。



小鷹 りく



参考文献


「鬼とは何か」

戸矢学著 河出書房新社


「妖怪談義」

柳田国男 角川ソフィア文庫



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