第6話 希望



 必死に縋って訴えてくる男達は見たことのない顔ぶればかりだが腕を怪我をしている男の羽織は酒泉童子が住んでいた町で見かけた事があった。恐らく皆町から走って来た者達だろう。この辺りは田畑ばかりで住人の数も少なく今まで鬼が出没した事は無い。俺が居るからなのか、単純に人が少ないからなのかは分からない。狙われるのは女子供の多い町ばかりで、今回も例に漏れず町が襲われたのだろう。俺は必死の形相で訴える彼らに聞いた。


「その羽織、多賀の町の呉服屋だな。どのような鬼が何体いた、答えられるか」


 恐怖からなのかそれとも雨で体が冷え切ってしまっている所為なのか、男はガタガタと震えながら言葉を振り絞った。


「は、はいっ……ど、どれも人間の服を着ておりました……。数は確認できただけでも十数体……寝ている所を襲われた者が多く、奴ら、次から次に人を殺して……」


 残虐な光景を思い出したのか、更に身震いをした男は自分の両腕をぎゅっと掴んで目を何度も瞬かせた。


「他の童子様達はどこへ行かれたのか分からず……ここまで助けを求めに来なければなりませんでした」


「皆住処を追われたからな……」


 そう言うと男達は気不味そうに下を向いて口を閉ざした。鬼が居た時は無敵の用心棒だと童子達に尽くした者も、根拠のない噂が立ち、鬼が出なくなってからは手のひらを返したように童子達を邪険に遇らった。命を賭けて守った者達に追いやられた彼らはどれ程悔しかったであろうか。酒泉童子の寂しげな背中を思い出すと胸が痛い。だが今は非常事態だ。


「……俺も探したのだが酒泉童子以外見つけることは叶わなかった。悠長に話をしている暇はない、すぐに町へ向かおう。お前達は酒泉童子を呼びに行ってくれ。高村山の北側にある小さな茅葺き屋根の家に住んでいる。十数体も鬼がいるのなら一人でも多く刀を振るえる者がいる。駄目で元々、追いやられた事を憂いては居たが俺が頼んでいると伝えればきっと力になってくれる筈だ」


 指示を聞くと町の男達は来た道を戻り酒泉童子を探しにまた雨の中に消えていった。


「敬、馬を頼む」


 愛敬童子はこくりと頷いてすぐに馬小屋へ走った。春乃に伝えねばと思っていたら軒先まで出てきていた。再び雨に濡れる俺に傘を差す。


「兄上、何事でしょうか……」


「鬼が出たそうだ。今から多賀の町へ向かう。力を持つ童子は俺一人。この村に鬼が出た事は無いがくれぐれも用心してくれ。無闇に外へ出てはならんぞ」


「御一人で立ち向かわれるのですか?他の童子様達を集められてからの方が……」 


「一刻を争う。こうしている間も人が襲われている。俺以外の童子達は皆力を失い今や常人だ。俺が急がねば死体が山となるだろう」


「ではせめてこの角帯をお守りに持っていって下さいませ」


 そう言ってもうすぐ完成すると言っていた帯を居間から持ってきて差し出した。花の下を支える様に描かれる筈の葉はまだ未完成だったが美しい桐の花が三つ付いている。


「いや、これは戻ってから貰おう。この大雨に今は夜更け。闘いは難渋するだろう。せっかく縫ってくれている物だ。もらって早々鬼の血で汚したくはない。残りを仕上げておくれ」


「ですが、このような危ない時の為のお守りにと……」


 話している間に敬が馬を引いてきた。


「兄様、私も共に参ります」


 箭と弓を背中に背負い、腰に刀を二本差して愛敬童子は勇ましい顔をしていた。


「童子としての力を失い、追いやられて尚、人の為に尽くそうとする気高き童子よ。お前を誇りに思う」


「へへ、戦う時はいつも一緒です」


 そう言って弓を引く所作を真似て彼は笑った。力を喪えどいつも明るく俺を支える敬。腐らずに居てくれる事が俺の救いだった。戦い方は知っていても常人と変わらぬ力しか持ち合わせていない。力が無ければ危険である事も承知。それなのに自分の身を案ずることなくこうして人を救おうとするこの男こそ童子の鏡。彼の背中は俺が守ろうとそう心に固く誓った。


 宝剣と二本の刀を脇に差して準備を整えると俺達は町まで馬を走らせた。


 恐れていた悲劇が現実となってしまった。愛敬童子は鬼との戦いに慣れてはいるが以前の様に弓を引く事が出来るのかも定かではない。弓は超人にしか引けない力の要る強靭な弓だ。いつもは出没しても二、三体の鬼達が十体以上も居ると言っていた。嫌な想像が頭の中を駆け巡る。根も葉もない噂を信じた愚かな人間達。命を懸けた童子達を見捨てた裏切り者達。だが彼らを見捨てる事など出来はしない。俺は弁財天様に仕える童子。鬼を退治して力を誇示すれば弁財天様への信仰は戻る。そして仲間達も再び尊厳を取り戻す事ができる。さすれば弁財天様も消えずに居られる筈。消させはしない、あのお方を、皆を護るのだ。


 雨は弱まる事なく一層激しさを増し、ぬかるむ道で馬の脚はいつもより重いが急がねばならん。危機の中に希望を見出しても心の中は何故か激しく波打つ。逸る心と憎しみが俺の体の中で暴れ始めていた。





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