第1話 御朔日参
*
お堂の中では十六人の武装した男たちが東に位置する一尺程の高さの壇上を見つめてじっと座っていた。壇上には更に五寸程の厚い畳が置いてあり天蓋と枠に御簾が掛かって容易に中にいる者の姿が見えぬ造りになっている。だが外からの月光が漏れ入るので御簾の中に誰も居ない事は明白であった。
頭を垂れて俯き待つ男達は各々違った着物を着ており、甲冑を身に着けている者、煌びやかな装飾をつけている者、上半身に服を身に着けておらぬものなど様々だった。毎月一日と十五日は
風が止み月明りが一瞬遮られ空気が同時に澄み渡ると御簾の内側に影が出来た。
「我が童子達よ」
柔らかに蝶の如くひらりと舞う美しい声は、御簾の中の影から発せられているかと思いきや耳の傍で聞こえてくる魔訶不思議な音だった。きっとこれが世に言う極楽浄土の主・
「弁財天様」
童子達が恭しくその名を呼ぶと、影の手がゆらりと上下し御簾がゆっくりと上がりその姿がはっきりと暗闇の中浮き出て見えた。蝋燭も何もない暗がりの筈が弁財天神から光が発せられ童子達を照らす。
「面をあげよ」
そう言われて童子達は恐る恐る顔を上げた。壇上の美しい神の姿を見る事が許されている者は童子達の他には居ない。
色とりどりの
「皆息災であったか」
玲瓏に響く声に、「はっ」と緊張して硬い返事がされると弁財天はその勢いにくすくすと笑みを零した。
「何度もこの姿を見ておるのに、そのように体を強張らせて愛しいの」
弁財天の言葉を聞くと童子達は力が全部吸い取られてしまうのではないかと思う程高揚し頭から湯気を出して顔を真っ赤に染めた。
「さぁ話を聴かせておくれ、
呼ばれた童子達はそれぞれその場で報告する。弁財天は報告や願いに返事をするでもなく頷くでもなく「あい分かった」とだけそれぞれの報告の後に呟く。そして労う言葉を一人一人に掛けると、言葉を掛けられた童子はそのままお堂から出て行くように促された。どの童子も神と言葉を交わした後は恍惚とした表情でお堂を後にする。毎回最後に報告をするのは生命童子だった。
弁財天は他の童子を見送った後、生命童子を壇上に上がらせて話を聴いた。眩く光り輝く弁財天の姿を間近で見る恐れ多い気持ちと自分だけが傍に寄る事を許されている優越感に浸らされて毎回眩暈のする思いだった生命童子だが同時に他の童子達への後ろめたさが生まれた。生命童子はまっすぐな気質で自分だけが特別扱いをされる事を良しとしなかったのだが、言われた通りにする。しかし今宵は燦爛たる姿に一層近く寄れと言われて狼狽していた。
「弁財天様、どうして俺などをお傍へ寄せて下さるのでしょうか」
「なんだ、気に食わぬのか」
「滅相もございません。余りにも身に余る光栄です。ですが何故俺だけなのか解せませぬ」
「お前は生命童子。大義は魔障摧破、福寿増長だが本質は生命を司る者。お前は童子の要。私の光を少しでも多く浴び、誰よりも強くあらねばならぬ。お前の魂がいつまでも清く強くあれば童子達の生命も清く強く保たれる。他の者達の力がこれ以上強くなってはその業が強まるばかり。人々とそして我を支え続けれるようにお前だけを人一倍照らしておるのだ。それにお前の髪は黒く艶やかで美しい。私は美しいものが好きだ」
そう言われると生命童子は体中の血が沸騰してしまうのではないかと思う程興奮して天にも昇る気持ちになった。時折弁財天は生命童子の髪を撫でた。髪にまで触れられると、鬼達との闘いでどれ程の大怪我を負っても全てが報われるような心地がした。そして実際傷は跡形もなく消えていくのだった。生命童子の傷が癒えると他の童子達の傷も癒えていった。弁財天の言った通り、生命童子が強くあれば他の童子達も強くあった。弁財天とのやり取りの一部始終を見ているものは居なかったが、生命童子が弁財天のお気に入りである、と言う噂は何故か童子の間に広まり、その噂を聞いて快く思わないものが出てくるのは当然の事だった。
注*1)はこの小説独自の設定です。本来童子とは仏や菩薩に仕える眷属に使われる言葉です。
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