沈み鳥居の鬼

小鷹 りく

プロローグ


「ねぇ、お母さん、あの鳥居って何であんなに低いの?」


 女の子が池を眺め、そばに立つ母親に聞いた。


 鏡面のように光を返す池の中、深緋こきあけに燃える睡蓮の花が所狭しと美しく咲き誇る。小高い山に囲まれている緑の池に犇めきながらもどこか儚げに咲く神聖な花と、その花を守るように静かに浮く皿形の葉を見つめていると、その下から御釈迦様が今にも出てきそうに凜と張り詰めた空気が漂う。午前のほんのつかの間しか咲かない開花の時を逃すまいと池の周りには沢山の人が集まっていた。


 静かに輝く水面もさることながら、厳かな雰囲気をさらに神秘的にさせるのは池の奥側に位置する「沈み鳥居」と呼ばれる水の中に沈んでいる一つの鳥居だった。


 鳥居は大抵石か木で作られており、池の中にあるものも石で出来ていたが、如何せんその出で立ちに人々は興味をそそられていた。


 しっかりした土の上に造られる筈のものが池の中にある。しかも水面から顔を出しているのは申し訳程度の笠木とぬきだけで、残りの柱は殆んど見えず水中なのだ。


 池の深さは分からないが、ふとした折りに水面から顔を出す鯉がまた沈みゆくのを見るとさほど浅くもなさそうだ。その深さの分からぬ池の中にひょっこり鳥居の頭の部分だけが見えているのだから、何とも言えない不思議な景観となっていた。鳥居が先に立っていて後から水が増えたのか、水の中の荒ぶる神を沈めるために後から立てたのか、人柱でも埋まっているのではないか、だからこの池の蓮の華はこんなに赤い色をしているんだと、人々の憶測が飛び交う。


 その昔、水に困っていた農夫たちのために諸国行脚の高僧が心という漢字を文字った池を作り、その中心に寺を建てた時の鳥居だという逸話があるのだが、誰がどうやってそこに建てたのか、元々は水がなかったところに水が溜まって沈んでいるように見えるのか、未だに真相は分かっていない。


「この鳥居には実は秘密のお話があるのよ……」


 翠眼の目をした母親は娘に物語を話し始めた。





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