第46話 閉②



「おい、起きろ」


 土の上で寒さに震えながら寝ていた青竜の周りを男達が囲んでいた。太ももを蹴って起こされる。


「ぅうん……もう出て良いのか」


「そんなわけないだろ起きろ、裏切り者」


 顔を良く知らない村人の酷い物言いにびくりとして青竜は目を擦った。


「裏切り……者?」


 縛られて閉じ込められ、裏切り者とまで言われ血の気が引く。


「何で俺が裏切りものになるんだ!俺はただ皆が困ってるのを助けたくて……」


 言い返そうとしたが言葉は怒声に押しやられた。


「お前は昔から悪戯ばかりして皆を困らせていただろう!綺麗な顔してるからっていつでも特別扱いだ。何が神様の生まれ変わりだ。鬼まで村に連れて来てお前こそ俺たちに何をするつもりだ」


「鬼なんて連れて来てない!俺は……」


 男達は腕を組んで青竜を見下ろしたまま反論を遮った。


「お前の家は大水で助かった。それは何でだ」


「それは森で俺が助けた妖怪が恩返しに……」


「そうだ。その妖怪のお陰で大水の中、お前の田畑助かったんだ。お前の周りにはいつも妖怪がいる。お前がこの村にいるから鬼は現れたんだ」


「そんな事は……」


 自分がきっかけでこの村と紅生に関わりが生まれたのは事実だ。だが連れ去られた四人に関しては関係ない。いや、この村に自分がいる事で人外が現れるようになったのか。否定したくてもしきれない。青竜は言葉に詰まった。


「お前が鬼を誘い込んで、彦太は鬼に攫われて死んだんだ。お前はこっちの世界のもんじゃねぇ。あっちで生きるべきだ」


「なんだよ、こっちとかあっちとか」


「お前は人間じゃないって言ってるんだ。化け物!」


 囲んでいた男の一人が腹を蹴り、青竜は蹲った。鋭い言葉が刺さって腹よりも胸が痛む。好きでこの顔に生まれた訳じゃない。奇異の目を向けられる事は楽しい事ばかりじゃなかった。崇められたり疎まれたり。普通でいたかったのに周りはそれをよしとしなかった。

 妖怪に出逢ったのは偶然だった。遊びに行って森の中で見つけた妖怪を助けたら命を掛けて大水から救ってくれた。予想外の事だった。土倉に追われて困っていたら紅生が手を差し伸べてくれた。紅生が居なければあのまま売り飛ばされてたかもしれない。

 今回の生き神騒動も初めは否定していた。自分の力で解決した訳じゃなかったから。けれど周りが目まぐるしく動いて、母親の薬まで用意してくれて、待遇を拒否できなかった。悪用したつもりはない。ただ自然とそうなっただけだ。それに紅生が居なければ人々の困りごとは解決できなかったのだ。人はそんなに偉いのか。俺を助けたのは妖怪と鬼だ。三人を救ったのも鬼の紅生だ。紅生は誰も傷つけたりしていない。


「俺が紅生に頼まなければあの三人は帰って来なかったんだ。それでも良かったのか」


「それはお前達の自作自演だろう」


「どういう意味だ」


「四人の内の一人を犠牲にして三人返してやれば信心深い長老たちがお前のお陰だと感謝する事を算段していたんだろう?貢ぎ物たんまり貰って、畑仕事もせずに毎日楽していい御身分だ。鬼は人の肉を食えて、お前は鬼の力を使って一生楽が出来る。そうやってこの村を食いものにする気だ」


「そんな事しない!」


「じゃぁ何でお前は汚らわしい鬼と体を交えてるんだ」


「紅生は醜くなんかない!見たこともないくせに!」


「鬼を庇うなんざやっぱりお前はどうかしてるんだ。長老たちが言ってた通りお前は鬼に取り憑かれてる。化けの皮を剥がしてやるよ」


 男は青竜の着物の帯を解き、褌を取り上げた。美しい肌が顕になり滑らかな絹肌のあちこちに椿色の花びらがついているのが見え、数人の男たちが生唾を飲み込む。


「鬼を惑わす体ってのは、どんないいもんなんだろうな……」


 下卑た笑みを交わしながら後ろ側に立っていた村人の二人が青竜に近づく。手を固定されていて逃げられないが足は自由だ。青竜はなりふり構わず暴れた。だがもう一人男が加わり両足を抑えられて、青竜は今から何が始まるのかを悟って叫んだ。


「止めろ、俺に触るな、畜生!紅生ー!紅生!」


 鬼の名を呼ぶので焦った村人の一人が青竜の口に手拭いを巻いて口を封じた。


「長老たちには仕置きしても良いって言われてるんだ。お前が泣こうが喚こうが、誰も助けに来ちゃくれねぇよ。鬼を咥え込むぐらいなら少々手荒な事しても壊れやしないだろう」


 男は青竜の足の間に体を割り入れた。声が届かずとも青竜は叫び続ける。助けてくれ、止めてくれと喚き、一晩中青竜のくぐもった声は続いたが、一度味を知ってしまった男たちは飽きずに青竜の体を貪り続けた。



 *



 熱を帯びた体は上手く動かなかった。何日も幽閉され、碌に食事も与えて貰えず叫ぶ体力も残っていなかった。衰弱した状態の青竜を見て男たちは焦り出した。


「長老たちには折檻しても良いと言われたが殺してもいいとは言われてないぞ。粥かなんか作って持ってこい」


 言われて見張っていた二人が立ち去り、外に誰もいなくなると一番偉そうに喋っていた男がしゃがみ込んで青竜の顔を捉え、まじまじと見て呟いた。


「まぁこんなに弱ってちゃぁ、もうあと少しってところだろうけどなぁ。この世の物とは思えない美しさねぇ……俺にはちっともわからねぇがなぁ。いくら綺麗な顔してたって男は男だろう?美人は三日で飽きるって言うしよ。この村の連中は俺以外馬鹿ばっかりだから目の前に餌ぶら下げりゃ、ちゃあんと食いついてくれる。俺の仕事も楽なもんだ」


 そう言って男は懐にしまってあるものを手でポンポンと叩いた。ちゃりちゃりとお金の音がする。青竜には何の話か分からなかった。水が飲みたい。布団で寝たい。母ちゃんがきっと心配してる。ここから出れるのはいつだろう。紅生は約束の日に現れなかったらきっと心配して見に来てくれる。だけど何日過ぎたのか分からない。青竜は無意識に「紅生……」と呟いていた。


「譫言でも鬼の名前を呼ぶなんざ正気の沙汰じゃねぇなぁ。鬼に憑かれてるってのは本当だったな。まぁ俺は金さえもらってこの村から出れたらそれでいい。楽して生きると碌な事がねぇって事だ。働かざる者食うべからずってな?ほんと、人の妬み嫉みは受けるもんじゃねぇよ」


 青竜の頬を何度か手で叩いた男は吐き捨てるように言った。近づいた男の手首に巻いてあった黒い縄を青竜は咄嗟に掴んだ。


「離せ、おいっ」


 呼吸の荒い青竜がなかなかそれを離さなかったので、男は諦めて縄を解きそのまま掴ませてやった。


「俺の仕事はここまでだ」


 そう言い残して男は納屋を出て行った。


 納屋にはもう誰も監視している人間が居らず、青竜は朦朧とする中、辺りを見廻して起き上がろうとした。だがまともに立ち上がれない。ここまで酷い仕打ちを受けるとは思っていなかった。皆に偉そうに指示を出していた男が立ち去った今逃げなければこのままでは殺されてしまうかも知れない。長老たちがこんな事を許したとは思えないがもうこの村にはいられない。母親を連れて逃げようと納屋を出ようとした時だった。息子を失った平八がそこに立っていた。


「彦太の親父さん……」


「青竜、俺の彦太を返してくれ……」


「親父さん……彦太を連れ去ったのは俺の知ってる鬼じゃねぇ……俺は何も……」


「お前は神様の生まれ変わりだろう?生き神様だろう?彦太を黄泉から連れ戻してくれ。出来るだろう」


 平八は体を震わせながら青竜に縋った。


「親父さん……俺は神様じゃない……」


「彦太を返してくれ」


「酷い目にあったんだ、助けてくれ……」


「彦太も、彦太もきっとそう言ったんだ!なのに鬼はあいつを喰った!お前が死ねば彦太は帰って来るんだろ?」


「死んだ人間は戻らない、親父さん、俺は神様じゃないんだ」


「嘘つきめ!お前は神様の生まれ変わりと言って妖怪を連れて来た。鬼を連れて来た。

 鬼に生贄を差し出してお前は鬼と上手くやっていくんだろう。俺達は餌にされるだけなんだ。お前が死ねば鬼は来ない。生き神が死ねば鬼が喰った魂が帰って来るんだ。頬冠りの男がそう教えてくれた」


 そう言ってじりじりと平八は青竜に近づいた。腹にきらりと光るものが見える。ただでさえ立っているのがやっとだったが隠しているものが何か分かった途端に青竜は最後の力を振り絞って逃げ出そうとした。だが平八が裾を掴んだ。


「魂を返してやってくれ」


「俺は……神様じゃない」


「彦太を返せ……」


 平八は腹に挿していた脇差の鞘を取り、青竜の体の真ん中に突き刺した


「やめろ……」


 抗う力もなく、青竜の腹に銀色の刃が埋まっていく。


 紅い血が白い肌を伝って流れ出した。


「紅生……」


 青竜は腹から血を流しながら倒れた。平八は刺してしまった事に狼狽えて腰を抜かしたがそのまま後ずさって逃げて行った。


 土が紅い血を吸って赤茶けた水溜りを作っていく。その真ん中で白い肌の美しい少年は横たわり目を閉じた。


 晴天に竜の如く霹靂が走り、黒い雲が一瞬にして空を覆った。






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