第14話 幕間 桔梗と刹那

 私は河原で水が流れているのを眺めていた。すっかり夜になってしまった上に、今にも雨が降ってきそうである。傘を持ってきていないので、このまま雨が降ったら風邪をひいてしまうかもしれない。でも、もうそんなことはどうでもいいのだ。


 川では水がさらさらと流れている。まるで私を誘っているかのようだ。このまま突っ込んでしまえば楽になれるのだろうか? 私は自虐的に嗤う。



 私にとって一条刹那は全てだった。彼に恋をしたきっかけはいつでも覚えている。引っ込み思案な私は転校した小学校で馴染めなかった。話す人こそいたものの、友達といえるような人はいなかったのだ。

 そして、浮いていた私にとって学校は地獄だった。更なる絶望にあったのは転校して一ヶ月ほどたった時だった。私と刹那は遠足のお金を集める係りだった。彼が男子、私が女子で、全員のお金を集め終わった私達は職員室に行ったのだが、女子の分のお金を入れた袋に穴が空いていることに気づかなかったのである。職員室で中身の一部が無くなったことに気づいた時は顔が真っ青になったものだ。急いで教室に戻ってお金の一部がなくなったことを伝えた私に女子のみんなは冷たかった。「お前が盗ったんだろう」とか「遠足にいけなくなったらどうするのよ」など罵詈雑言の嵐だった。もしも私が社交的だったらみんなの反応は変わったかもしれない。もしも私に親しい友人がいればみんなの反応は変わったのかもしれない。そんなことを考えながら涙を堪えるので精一杯だった。そして、男子たちはどうすればいいかわからず、おろおろしているだけだった。ただ一人を除いては。



「俺は二宮を信じるよ、だって盗むようなわるいやつじゃないもん。だからさ、みんなも一緒に探すの手伝ってくれない?」



 ざわざわと刹那のその一言で教室の空気が変わった、どうすればいいか迷っていた男子たちは刹那の言うとおり探し始め、私を攻めていた女子たちはしぶしぶと探し始めた。

 結局お金の入った封筒が教室の隅に落ちているのが見付かってめでたしめでたしとなったのだが、どうしても彼に聞きたいことがあったので、人見知りの私は勇気を振り絞って彼に聞いたのだ。



「どうして私を信じてくれたの?」



 彼とは……一条刹那とはそれまで挨拶をする程度の関係だった。引っ越した家の隣に住んでいたので親同士は交流があったようだったが。あいにく引っ込み思案な私は彼と会っても会釈をする程度だったのだ。だから彼が私を信じてくれたことが不思議だった。だって私が本当に盗んでいたら彼も責められるかもしれないのだ。私は彼にかばってもらえるほどの交流もなかったというのに……

 そんな私の言葉に彼はきょとんとした顔をして答えてくれたのだ。



「だって、二宮って優しいやつじゃん。俺は知ってるよ、お前が教室の花に毎日水をあげていていることを、近所の猫がケガしてるのを見て家に連れ帰って治療していたことも。隣の家だからか色々見えるんだよね。そんな二宮が盗むはずないなって思ったんだ。ってあれ、俺なんか変なこと言っちゃった?」



 私は彼の言葉にあふれる涙を抑える事が出来なかった。彼は私のことを見てくれていたのだ。彼だけが私を知ろうとしてくれたのだ。おろおろしている彼を横目に私は幸せな気分で一杯だった。これが私の初恋の始まりだった。そして私はもう一歩踏み出す事にしたのだ。



「一条君……よかったら私の友達になってくれませんか?」

「刹那……友達になってくれるなら俺のことは刹那って呼んでくれると嬉しいな。実は俺も二宮さんと友達になりたかったんだよね」

「じゃあ、私のことも桔梗って呼んで下さい、ね、刹那」



 そうして私達は友達になったのだ。それから後、クラスの女子達が謝ってくれたが正直どうでもよかった。それくらい刹那と仲良くなれたのがうれしかったのだ。その後、私が一人でいると刹那は声をかけてみんなの輪に入れてくれて、おかげで友達も増えてきた。

 それからのわたしは、彼の隣にいて恥ずかしくない人間になるために、色々と努力をするようにしたのだ。引っ込み思案だったけど人と話すようにして、彼に可愛いっておもってもらうために、おしゃれをして、彼が共働きだから料理の練習をして家に招待してお母さんと作った料理を振る舞ったりもした。私が最初に作ったほとんど炭だらけのハンバーグを「おいしい、おいしい」といいながら食べてくれたのを今でも私は覚えている。

 でも、彼の隣にいるために頑張ってきたのに、すべてが無駄になってしまった。おそらくもう、嫌われてしまっただろう。

 ぽつりと振ってきた雨が私を濡らす、雨宿りをしなければ体調を崩してしまうかもしれないが、もはや今はどうでもよかった。このまま私ごと洗い流してくれればいいのにと思うだけだ。



「やっと見つけたよ、桔梗」



 その声は私の一番聞きたかった声だった、私がもう聞くことはできないであろう声だった。だって私はもう嫌われてしまって……なのになんでそんな優しい顔をするの? わたしの視界に入ったのはまるで過去の「信じるよ」って言ってくれた時のような笑顔を浮かべている刹那だった。



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今回はいかがだったでしょうか?


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