第37話 アリスが元気になったんだけど

 江の島旅行から一日たって俺はバイト先であるカフェで仕事をしていた。重いものを運んで一息つく。



「二又男さん、二人ともいらっしゃいましたよ」

「今行くねーってあれ?」



 バックヤードで仕事をしている俺に声をかけたのは、なぜか不機嫌そうに頬を膨らませている双葉ちゃんだ。あれ? 最近は一条先輩って慕ってくれたのに、また呼び方が戻ってるんだけど!! 何でだ?

 約束より早いなぁと思いながら、俺はエプロンを脱いでホールへ行く準備をする。今日はアリスが昨日のお礼におごってくれるという事でカフェに集合するのだが、せっかくだったので少し早めについて、手伝いをしていたのだ。まだ店長の腰良くなってないしね。



「まったくあんなに綺麗な二人の女の子を待たせて、一条先輩はもてますねー、例えるならばラブコメの主人公をみていてもやもやするサブヒロインの気分です。今日は営業妨害しないでくださいね」

「単なる幼馴染とクラスメイトなんだけどなぁ……うーん、まあ努力するよ」



 そうはいっても桔梗が虫みたいな目になるタイミングってよくわからないんだよね、あとこわいっていうんだけど俺にとっては可愛いと思うんだけどなぁ。



「ごめん、待った?」

「いえいえ、私も今来たところですよ」

「全く女の子を待たせるとはあなたもいいご身分になったものね」

「そりゃあね、将来は大物になるってみんなに言われて育ったからね」

「あなたの場合はそれって皮肉だと思うわ……」



 得意げに答える俺に対してアリスは哀れなものを見るような目で言った。どうしたんだろうね。大物扱いされている俺への嫉妬かな?



「今日は二人に改めてお礼を言おうと思って……おかげで様でお母さんと色々話し合えたわ。それで……週一の食事会をはじめようってなったのよ。私も徐々にあの人の事を知っていこうと思うわ」

「そうなんですか、よかったですね、うまくいくのを祈ってます」

「アリスならきっと大丈夫だよ」

「ええ、今日は私のおごりだから好きなのを頼んでくれて構わないわ」



 そう言うアリスの顔はどこかすっきりしたものとなっている。俺が彼女をみつめていると視線があった。その目はいつものどこか冷たい目ではなく、どこか暖かさが混じっている気がする。そして優しく微笑んだ。



「私の顔に何かついているかしら?」

「いや、何か表情が柔らかくなったなって」

「そう……そうね、たしかに変わったかもしれないわね。私ね、地雷原をタップダンスしてもいいかなって思えてきたのよ」

「地雷原ですか……?」

「戦場でも行くの、俺も行こうか?」



 俺と桔梗は顔を見合わせる。アリスは戦場でも行くのかな? よくわからないけどアリスがやばいことになりそうだったらついていくからいっかー。モールス信号も覚えたしね。

 俺がそう決意をするとアリスはタンタンと一定のリズムで机を鳴らす。なんだろうと一瞬考えたがこれはモールス信号だ。『ありがとう』と言われたので俺も同様に『どういたしまして』と答える。そしてアリスと顔をあわせて笑いあう。



「何ですか、何なんですか? 何を二人でわかりあったみたいな顔をしてるんですかぁぁぁぁ!!」

「秘密かな」

「秘密よ、それと二宮さん、私あなたとは友達になれないかもしれないわ」

「は? はぁぁぁぁぁぁぁぁ? まさか……」



 アリスの一言で桔梗が大声をあげた。なんだろね。桔梗の目がまた虫のように感情をなくし、それをみた委員長は不敵に笑う。なんだろう、店内は暖房がかかっているはずなのに寒くなった気がするんだけど……故障かな? 後ろではなぜかお客さんが去っていった。



「それでは注文を……ひぃぃぃ!!! 一条先輩ダメっていったじゃないですかぁ!!」



 注文を取りに来た双葉ちゃんの悲鳴が店内へと響き渡る。そうして、俺達のいつもの日常がもどってきた。これで『クールで毒舌な委員長に大丈夫?って言ったら一緒に小旅行することになった』話は終わりである。






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