第36話 アリスと母
江の島の海岸を母と二人で歩く。こうしてゆっくり話すのはいつぶりだろうか? 父が死んで母が働くようになってからちゃんと話す時間は減っていく一方だった気がする。
「アリスやっぱり、新しいお父さんの事は嫌だったかしら?」
「そうじゃないの……いきなりの事だったから……」
昔に比べ年を重ね、少し弱々しくなった母をみて、罪悪感が湧いてしまう。母はわたしのためにこれまで頑張ってくれたのに私はわがままを言っていいのだろうかという悩みが私を襲う。そういえば、「好きな人ができたの」といってあの人を紹介してきた母は本当に嬉しそうだったなと思う。母は今まで苦労してきたのだから幸せになるべきではないだろうか? さっき決意したばかりなのになんと私の心は弱いのだろうか? こういう時は彼のような心の強さが羨ましいと思う。
「お母さん私ね……」
新しいお父さんができてもいいよと言おうした時に離れたところからライトがちかちかと輝いている。何だろうとみているとそれは何やら規則的で……全く持ってあの男は……私は思わず笑みが浮かんでしまう。そして私の心に強さが湧いてきた気がした。彼のようなとは言えないけれど……それでもあの光は私に強さをくれたのだ。
「アリス? 何かしらね、あの光は」
言葉を途中できった私の視線を追って母がつぶやく。私はポジティブサイコパスの男を思い出して不敵に笑う。ありがとう、刹那。
「あれはね、私へのエールよ。お母さん」
私はお母さんをまっすぐ見て言葉を紡ぐ。今まで言いたかったけれど言えなかった言葉を紡ぐ。
「お母さん。私ね、まだおの人をお父さんとは呼べないわ、お母さんには悪いと思うけれど、私はあの人の事を好きになれるかわからないんだもの……」
「アリス……」
「だからもっとあの人の事を知ろうと思うの。それで……時間はかかるかもしれないけどいいかしら。わがままを言ってごめんね」
私の言葉に一瞬悲しい顔をした母は目を見開いて……そして、笑顔を浮かべた。
「それでいいのよ、アリス。そしてありがとう。ちゃんと自分の気持ちを言ってくれて……あなたはお父さんが死んでからわがままを言ったり甘えたりしなくなっていたから、今回の事も無理していないか、心配してたのよ……」
「お母さん……」
「私たちは親子なのよ、だからいくらだって甘えたって、わがままを言ったっていいの。あの人とは違うけれど新しいお父さんにもいいところはあるの。だからいっぱい知ってほしいな。それで、それでも無理だったらちゃんと言うのよ。私にとってはあなたが一番なのだから」
そういうとお母さんは優しく抱きしめてくれた。いつぶりだろうか? 久々の母のぬくもりに私の体と心は癒される。さっきの輝きの意味は『ゆうきをだして』彼に助けられるのは何度目かしらね。母のぬくもりを感じながら私は昔を思い出す。
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それは唐突に起きたことだった。父が死んだ。死因は病死だった。最初こそ実感はわかなかったが幼いながらも私は理解していった。ああ、もう父はいないのだと……父はもう、私の頭をなでてくれないのだと……
父が死んで何日かして落ち着いた私はようやく学校へ行くことにした。
「大丈夫だった? アリスちゃん」
「平気だったアリスちゃん」
友人たちが心配をして私に声をかけてくる。それは100パーセントの善意だ。なのに私には不愉快でたまらなかった。アリスちゃんアリスちゃんと私を呼ぶ、ああ本当に不愉快だ。だって私が一番呼んでほしい人はもうこの世にいないというのに……
「うるさい!! アリスって呼ばないで!!」
教室が静まり返る、それは完全な八つ当たりだった。叫んでから自分の失敗に気づく、ああ、どうしよう……周りの視線が突き刺さる。
「じゃあ、委員長でどう?」
「はっ?」
沈黙を破ったのは一条刹那君だった。私の言葉に彼は返す。
「いつも本読んで難しい言葉知ってるじゃん、三千院さんでもいいけどさ、せっかく友達なんだから苗字よりあだ名で呼びたいんだよね、ダメかな?」
「私は学級委員長ではないんだけれど……でも、そのあだ名でいいわ」
「ちなみにブルーアイズは……?」
「一条君、またはたくわよ」
みんなも彼の呑気な言葉に毒気を抜かれたのだろう。またわいわいと会話が始まった。少し落ち着いた私も会話に混じる。
休み時間が終わる少し前に彼にお礼を言いに行く。
「ありがとう、一条君」
「刹那だよ」
「えっ?」
「何があったわからないけどさ、俺のことは刹那って呼んでよ。そっちのほうが友達っぽいじゃん。いつの日か委員長が名前で呼ばれてもいいなって思ったら教えてよ。そうしたらまた名前で呼ぶからさ」
「ええ、そうね、その時は名前で呼んでね」
「うん、約束だよ!」
ああ、私は何度も彼に助けられているのだなと思う。でも、私はあの時彼を好きになることはなかった。しかし彼と関係を続けて湧き上がる思いはなんだろう。二宮さんは私に言った。助けられただけでは好きにはならないと、そこからの積み重ねで好きになったのだと。ならば彼と今まで関係を積み上げてきて、今胸に芽生えかけているこの想いもまた本物なのだろうか?
私は胸に宿った感情を持て余しながら母にたずねた。
「ねえ、母さん、恋ってどんなきもちなのかしら」
私の言葉に母さんはびっくりしたように目を見開いてそれからほほ笑んでくれた。
そういえば神様に祈ったご利益はあるのだろうか。『私も愛を知りたいです』私が父と母以外の人を好きになる日が来るといいなと思って、願ったのだけれど……なぜか刹那の顔が浮かんでちょっともやもやするのであった。
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