第23話 バイトをすることになったんだけど その5

 次の日俺がバックヤードで紅茶を淹れる準備をしていると双葉ちゃんが声をかけてきた。あ、とうとう紅茶を淹れるのが許可されたんだよね。今日のは委員長に教えてもらったリラックスできるっていうちょっと特別な紅茶である。私用で使うのだ。仕事中に何やってんだって? まあ、大目に見てよ。



「一条先輩、今日もいるなんて珍しいですね、まさか私に会いたくってシフトを増やしたんですか? 例えるならば恋愛映画で、ちょっと気になる人に告白されてちょっと困ってるヒロインみたいな気分です」

「その気になる人ってかませ犬じゃないよね? 何かフラれそうなんだけど……ちょっとね、人が足りなくなりそうな予感がしたからさ」

「はぁ……」



 俺の言葉に双葉ちゃんは何言ってんだこいつって感じでみてきた。そんなに見つめないでよ、照れるじゃん。



「双葉ちゃん、ご指名よ」

「え?」

「ほら、ご指名だってさ。いっておいでよ。ホールの仕事はやっておくからさ」



 ホールからの呼び声に困惑する双葉ちゃんの背中を俺はそっと押してあげる。彼女は客席をみて動きを止めた。



「あなたが呼んだんですか……?」

「仲直りをしたいんでしょ、大丈夫だからさ。俺を信じてよ。でももしも本当に嫌だったら俺が対応するからね」



 彼女の視線の先にはお店であった二人の同級生がいる。少し震えている彼女の肩に手を置くと双葉ちゃんはこちらを恨めしそうに、だけど何かを期待しているかのようににこちらをみつめてくる。だから俺は彼女にほほ笑ながら続ける。



「安心してよ、あっちにも話は通しているからさ。あとは双葉ちゃん次第だよ。嫌ならば俺の代わりに紅茶をいれて飲んでてよ、でも、仲直りしたいなって気持ちがあったら二人の元に行くんだ。もし途中で嫌な事になりそうならすぐに助けに行くからさ。俺は今、例えるならば青春映画でエンドロールが流れてハッピーエンドになる五分前をみている気分なんだけど」

「だから私のセリフを奪わないでください!! でも……一条先輩……ありがとうございます」



 俺の言葉に彼女は一瞬悩んだように止まったが歩き出した。これで大丈夫だろう。人脈が広い桔梗があの二人の素性を探してくれたのだ。同世代だからね、友達の友達をたどればつながるわけで。様々な人脈を活用して、俺と桔梗であの二人の女の子に会って色々話したのだ。(本当は俺一人で行こうとしたんだけど桔梗がついてくるって言ってきかなかった)

 喧嘩の理由は簡単、双葉ちゃんがお父さんのカフェの手伝いで、全然遊べなくなって、いつも断られた友達の一人の不満が爆発したというありがちな理由だった。そして喧嘩別れをしたまま気まずくなって疎遠になった。本当に物語にもならないであろう出来事だ。

 でもさ、喧嘩ってそういうもんだよね。ありきたりな事や不満が原因でおきちゃうんだよね。それでちゃんと話し合って納得できればまた仲良くすればいいし、無理ならそれで距離をおけばいいのだ。双葉ちゃんもあの二人の子も仲直りしたかったけどきっかけがみつからなかっただけなので、俺はその機会をあげただけにすぎない。もちろん双葉ちゃんかあの二人のどちらかが仲直りしたくないっていっていたらスルーするつもりだったんだけど杞憂だったみたいだね。



「一条ちゃんありがとうね」



 俺が紅茶をいれていると珍しく店長が表に出てきて話しかけてきた。普段は自分の見た目だと営業妨害になるからって出てこないのだ。きにしすぎだとおもうんだけどなぁ。



「いえいえ、双葉ちゃんが元気ないとこっちもつまらないですからね」

「あの子には無理をさせちゃったのよね、お店を開いてからずっと働いてもらっちゃったのよね……あの子は笑顔で引き受けてくれたけど、迷惑だったかもしれないわね」

「そんなことないと思いますよ、だってお菓子のことを話すといつもお父さんのケーキが、お父さんのケーキがって言うんですよ。迷惑だったらそんなこと言わないと思います。あ、でもシフトは減らしてあげたほうがいいかもしれないです。友達とも遊びたいでしょうし……」



 俺の言葉に店長は一瞬目を見開いて、俺と、友人の所に行った双葉ちゃんをみながら笑った。



「一条ちゃん申し訳ないけどシフト増やしてもいいかしら。あの子にもっと遊ばれてあげたいのよね。幸いお店も軌道にのったし、あなたのバイト代くらい払っても余裕は出てきたから」

「大丈夫ですよ。あと、今日も双葉ちゃんの代わりにシフト入りますね、それと良かったらなんですが、この前の試食した新作美味しかったんでまた作ってもらえませんか、桔梗と一緒に食べようと思って」

「うん、腕によりをかけてつくるわ。一条ちゃん変わっているけどいい男よね……私がもうすこし若ければね……」



 そう言い残して店長はまた厨房に戻っていった。あれ、なんかお尻の穴一瞬びくっとしたけどなんだろね?

 そうして俺は紅茶を片手にホールへと出る。目指すところは決まっている。



「紅茶をお持ちしました」

「え……私達頼んでませんけど……あっ! あなたは……」

「仲直りの記念に一杯おごってあげますよ。店長には内緒ですよ」

「一条先輩……」



 双葉ちゃんたちの談笑しているところに三人分の紅茶をもっていきプレゼントをする。双葉ちゃんからは初日におごってもらったからね。そのお礼だね。三人分の紅茶代は痛いけど双葉ちゃんの笑顔がみれるなら安いよね。



「その……色々ありがとうございました。おかげで双葉と仲直りできそうです」

「一条先輩本当にありがとうございます。あ、初めて飲む味ですね……もしかしてこれがアバ茶ですか?」

「へー、双葉が飲んだことないなんて珍しい茶葉なんですね。いい香りです!!」

「はい、まあ……淹れたてですからね」



 もちろんアバ茶なはずないんだけど、いちいち説明するの面倒だし、双葉ちゃんが嬉しそうなのに機嫌を損ねるのも申し訳ないから話を合わせておこう。あとでラインで説明だけして日常会話では使わないほうがいいよってアドバイスしてあげればいいよね。




「ぶはぁっ」

「ちょっと何やってんのよ、汚いわね!!」

「岬ちゃん、大丈夫ですか!? 一条先輩すいません、何か拭くもの持ってきてくれますか!?」



 双葉ちゃんの友達のうちの一人が咽ながら、信じられないものを見るような目でこちらを睨んできた。貴様みているな!! 多分この子はアバ茶知っているんだろうけど、常識的に考えてアバ茶なんてお店で出すわけないでしょ。

 それはさておき服のシミになっちゃったらまずいからね、俺はすぐにおしぼりを何個か持ってきて渡す。これ以上はいたら邪魔だよね。咽てた女の子の背中をさすっている双葉ちゃんとその子の服を拭いている女の子をみながら俺は思った。



「もしかして、双葉はあの人の事……」

「違いますよ、あの人は違うんです。例えるならばファンタジー映画で言う主人公に助けられたヒロインの気分……ってあれ?」

「顔真っ赤にしちゃって。よし、作戦会議しましょ!!」

「ゴホッゴホッ。いや、あの人はやめた方がいいと思うよ……絶対頭おかしいと思う……どうせ、アバ茶もあの人から聞いたでしょ」

「岬ちゃん何でそんな事言うんですか、あの人は確かに頭はおかしいですが、あれで結構いいところあるんですよ!!」



 そうして俺は楽しそうに話している双葉ちゃんとその友達を視界のはしにいれながらバイトを続けるのであった。

 その夜双葉ちゃんにアバ茶の件で怒りのラインがすごい来たんだけど理不尽じゃない?



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